04

「フィクションめいた響きですけど、呪殺ってそこそこあるんです。ニーズが高いんですよ」

 私が戸惑ったことに気づいたのだろうか、環さんはそう言った。

 飲み込むのに時間がかかっただけで、彼女の言葉を疑うつもりは毛頭ない。第一、私はすでに「人を呪い殺す」ことの一例を知ってしまっているし、その片棒を担いだこともある。

「こういう仕事やってると、たまにそういう依頼されますよね」

 シロさんが素知らぬ顔で口を挟んだ。同時に、まりあさんがぎゅっと眉をひそめる。いずれ「こういう仕事」に就くつもりの彼女にとっては、他人事ではない話だ。

「ありますね」と環さんがうなずき、話を続ける。

「でも普通は軽々しく引き受けたりしません。少なくとも今いるよみごの中には、そういう人はいないと思います。倫理的な問題だけじゃなくて、そういった依頼に手を出すことで、同業者と深刻なトラブルに発展する可能性が少なからずありますから。でも長下部麻沙子に限っては、一定の要件をクリアしているケースであれば、比較的容易に引き受けていた形跡があります。一定の要件というのは」

 そこで環さんは一旦言葉を切り、ふーっと一息ついた。「――ターゲットの近親者や親しい友人などが亡くなっていることです。長下部麻沙子は霊媒師ですから、亡くなったひとを降ろすことができる。それを呪いの核にするんです。あまり古い死者では上手くいかないようですが、打率はなかなか良かったそうですよ。神谷さん、お葬式をするのに友引の日は避けた方がいいって、聞いたことありますか?」

 突然関係のなさそうな質問をされて、ドキッとしてしまった。なんだか学校の授業で先生に当てられたような気分だ。

 私は素直に「はい」と答えた。環さんは一瞬にこっとしてから、話に戻った。

「ありがとうございます。友引にお葬式をすると、死者が親しかった人をあの世へ連れていこうとする――なんて言いますよね。長下部麻沙子がやっていたのはまさにそういうことで、要はターゲットが親しかった人の霊に、ターゲットを引っ張らせるんです」

 ああ、厭な話を聞いたな――と思った。もしも自分の死後、自分の霊がそうやって利用されてしまうとしたら、最悪だ。

「これはよみごのやり方ではありませんから、作り方や効果について、詳しいことはわたしにもわかりません。ただ、各方面から集めた情報をまとめてみた結果、神谷さんにとり憑いていた『A子さん』は、このような性質のものとみて間違いないと思います。ですよね、志朗くん」

「ですね。ボクも英星高校旧校舎でよみましたから、確かかと」

 シロさんが答える。環さんは「ありがとう」と言って、また一瞬だけ笑った。

「さて、『A子さん』の核になったのは長下部麻美、つまり麻沙子の娘です。ただこの辺りが少しややこしくて……そもそも、どうして長下部麻沙子がそんなものを作ったのか、そこを明らかにすることができませんでした。ただ、そういったものが作られてしまったことは確かなようです」

 こうして、その名前は環さんの口からあっさりと出てきた。「長下部麻美」というのが、あの日シロさんと私が探していた、怪異の核になったものの名前だったのだ。

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