そして今の私たち・3
01
黒木さんと電話がつながらなかったらどうしようかと思った。一度切られてしまったときは思わず手が震えたし、見えない何かに邪魔されているような気がして怖かった。シロさんに相談しようにも、私に電話のことを頼んでから下を向いて黙りこくってしまい、呼んでも返事をしない。それでももう一度電話はつながったし、カガミコウジさんを連れてくるよう頼むことができた。
「やった……」
電話を切ると、思わず特大の溜息が漏れた。カガミコウジさんが何者か私は知らないし、たぶんシロさんは教えてくれないだろう。けど、とにかく一歩進んだのは確かだ。
私はガッツポーズをすると、黙ったままのシロさんに再度声をかけた。
「シロさん、電話聞いてました? 黒木さん、すぐに向こう出てこっちに来てくれるって……シロさん?」
そのとき、シロさんがパッと顔を上げた。手元に置いていたスマートフォンを取り、何か打ち込むと画面を見せてきた。
『すみません。寝てま下』
「今寝てたんですか!? ほんとすぐ寝られますね!?」
『よみごはみんなできます。たぶん』
本当だとしたら羨ましい特技だ。私もこれくらいサッと眠ってパッと起きたい。もっとも今寝たら、比喩でなく死ぬまで眠ってしまう気がして怖ろしいけれど。
と、シロさんがまたスマホの画面を見せてきた。
『そろそろ個々出ますか。殺気から長居市て騒いじゃってる市』
「この状況でよくそんな気遣いできますね……でも確かにもう出た方がよさそう」
さっきから店員さんが、怪訝な顔でこっちを見ているのだ。無理もない。
タクシーアプリでタクシーを呼び出しつつ、シロさんと一緒にコンビニの外に出た。タクシーの運転手さんにはなにかしら怖い思いをさせてしまうかもしれないが、この際仕方がない。
「よし……私、寝ないようにしなきゃ」
ひとりで気合を入れていると。シロさんは私にスマホの画面を見せてきた。何かと思ったらスタンプだ。マッチョな猫が『がんばれ』と言いながら親指を立てている。
「シロさんもいざというときは起こしてくださいね?」
そう言うと、シロさんからは『ぼくまた寝ちゃうかもです市』と返ってきた。
「えーっ、そこをなんとか」
『がんばります』
まぁ、シロさんも疲れてるんだろうとは思う。思うけれど、一人にしないでほしい。さっきテーブルの下にいた女の子みたいに、またあるはずのないものが見えてしまったら――と考えるだけで背中がざわざわしてくる。
少しして、タクシーがやってきた。早い到着にほっとしながら乗り込む。運転手は中年の女性で、いかにも人当たりのよさそうな感じがする。
(よし、眠気防止のために話しかけてみよう)
筆談しかできない今のシロさんには、できないことだ。
「運転手さん、この辺にお住まいなんですか?」
話しかけてみると、「そうですよ~、曾祖父の代からこの市内でねぇ」と、朗らかな返事が返ってきた。ラッキーだ。
「じゃあ、英星女子高って知ってます? 昔あったらしいんですけど」
そう尋ねてみると、運転手は「ああ、あったあった!」と話を続けてくれた。今日の私、本当に引きがあるのかもしれない。
「懐かしいですねぇ。私はOGじゃないけど、友達が通ってたんですよ。今も建物だけは残ってて――お客さんはお若いから、お母様あたりがOG?」
「ああ、いえ、あのー……私の知り合いが」
「そうなんですねぇ。あそこも昔はお嬢様学校って感じだったんですけどねぇ、やっぱりその、よくないニュースになるようなことがあったから」
運転手の話には、まだ続きがあるらしい。
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