05
黒木が乗っている銀色のミニバンは、トランクになっているスペースまで使うとシートは三列、だがその三列目が使われることは滅多にない。黒木がこの車に乗っているのは、単に運転席が広いからで、三列目に人を乗せることはあまり想定していない。
が、今回はその三列目が、珍しく役に立とうとしていた。
「ここなら前のシートをどかさないと外に出られないし、人間を隔離するのにいいんじゃないですかね? 僕ここ座ってもいいですか?」
幸二が嬉々として提案する。こんなふうに三列目に座りたがる人は初めて見た――とはいえ、幸二がそう希望するのも無理からぬことではある。
「万が一僕が幽霊に意識を乗っ取られて、運転中の黒木さんの邪魔したり、走行中の車から飛び降りたりしたら大変じゃないですか」
そういう理由で、幸二一人だけが一番後ろの三列目に座ることになった。何だったらまた養生テープでぐるぐる巻きにしてもいいと言われたが、ひとまずは辞退することにした。「アイテムで楽してたら訓練にならないですよ」というまりあの意見以前に、養生テープでぐるぐる巻きにした幸二を車中に転がしておくと、どう見ても「ガラの悪いチンピラが一般人を拉致している図」に見えてしまうのだ。職務質問を受けている暇はない。
ともかく、こうして幸二が一番後ろ、まりあが助手席に座って、出発することとなった。カーナビによれば、道が特別混んでいるわけでもない。これなら三時間ほどで目的地にたどり着けるだろうと考えつつ、黒木は車を発進させた。市内の一般道を十分ほど走った後、高速道路に乗って目的の周辺を目指す。
「わたし、この車の助手席に乗るの初めてかもしれません」
まりあが少し楽しそうな声で言う。幸二も今は大人しくしているし、まるで普通のドライブだな――などと黒木は思う。車は高速に乗った後、渋滞にも巻き込まれず、快適に進んだ。
異変が起こったのは、車を走らせ始めてから一時間も経たない頃だった。
「なんか喋ってるよね……」
「しゃべってますね」
まりあはこともなげに言う。
後ろのほう――つまり幸二が乗っている座席の方から、ぶつぶつと喋る声が聞こえてくる。
「片方は幸二さんですよね。でももう片方は違います」
まりあによれば、そういうことになっているらしい。幸二の相槌を打つような声の合間に、まるで女のような声が聞こえてくるのだ。何を話しているのか、黒木には聞き取れないのだが、まりあには何となくわかるらしい。
「なんか幸二さん、お化けと話してます」
「それ、大丈夫なの?」
黒木の頭の中に、志朗の顔が浮かぶ。志朗はこういうとき「お化けと喋るな」と言うだろう。幸二は大丈夫なのだろうか?
「なんか、大丈夫かも……」
まりあが感心したように呟く。「なんだろ、幸二さん、お化けのテンションで喋れてるっていうか……普通だったら『お化けと話さない方がいいよ』とかって、お師匠さんは言うんですけどね」
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