そして今の私たち・1

01

 喫茶店の椅子から少し腰を浮かせて耳を澄まし、少し待ってみる。もうノックの音はしないらしい。

 私は安堵で気絶しそうになった。怖かった。こんな明るい日で、周囲には何人も人がいて、にぎやかな場所で、第一私はちゃんと起きていたのに、こんなことが起こるなんて。

「神谷さん? 大丈夫ですか?」

 シロさんに声をかけられて、私は我に返った。何が起こったのか、早く共有しなければ。

「シロさん、さっきあの、音、音しました」

 慌てているのと、動揺しているせいで、言葉が上手く出てこない。「寝てないのにノックされたんです」などと子供みたいに拙い説明しかできない私がおかしかったのか、シロさんはちょっとだけ笑った。

「神谷さんにくっついてるやつ、現実に進出してきましたねぇ。夢だけじゃなくなっちゃったかぁ」

「なっちゃったんですよ! これまずくないですか……?」

 今更ながら「鷹島さんみたいに死ぬかもしれない」という恐怖が押し寄せてきた。でもシロさんは「大丈夫大丈夫。まだそんなにまずくないですよ」なんて言いながらニコニコしている。それでようやく、シロさんが言っていたことを思い出した。怪異の前では「お前の攻撃なんか効いていない」って顔をしなければならないのだ。

「……ま、まずくないですね。大丈夫大丈夫」

 そう言ってむりやり笑ってみたけれど、たぶんすごくぎこちない笑顔になっていただろう。その点シロさんはすごい、と改めて思った。よみごさんって、皆こんな風に覚悟が決まっているものなんだろうか。シロさんにしか会ったことがないから、わからないけれど。


「とにかく店を出ましょう。色々あったからいづらくなっちゃいましたね」

 シロさんがそう言って、伝票を掴んだ。私も同意した。

「そうですね。店長さん、すごいこっち見てきますもん……見られて当然だとは思いますけど……」

 少なくとも私がこのお店の従業員だったら、絶対に気になってしまうだろう。シロさんの左手は相変わらずガーゼでぐるぐる巻きで、そのガーゼにはわかりやすく血が滲んでいる。私だって大概だ。さっきからイライラしたりしょんぼりしたり怯えたり、はたから見ても明らかに挙動がおかしいだろう。

 私たちは、清算を済ませて店の外に出た。嫌味に思えてしまうくらい、いい天気だ。さっき外からノックされたせいで、店の外に出る瞬間は怖かった。窓の外に誰も立っていないことを確認したときには、ほっとして大きなため息が出た。

 シロさんは道の端っこでスマートフォンを確認している。そういえば、どこかに連絡をとっているみたいだった。あれは誰だったんだろう? 「心当たり」と言っていたのも気になる。

「まだ何も来てないかぁ」

 そう言ってスマホを仕舞うと、シロさんはこっちを向いた。「ここでぼーっと立ってても邪魔だし、とりあえずぶらぶら歩きますか」

「そ、そうですね……」

 私ももうちょっと腹を括らなければ。そう思ってひとつ深呼吸をした。

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