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わたしの知ってる木田ちゃんはしっかり者で、背が高くてテキパキしてて、かっこいい子だった。だから驚いている。わたしに抱き着いて震えている木田ちゃんは、小さな子供みたいだった。ついさっき「ああ、いつもの木田ちゃんに戻ってよかった」と思ったところなのに、心の中が忙しい。ただ驚きで恐怖が遠ざかってくれて、それは助かった。
ともかく、木田ちゃんが怖い夢を見ているっていうことは、はたから見ていたわたしにもわかった。木田ちゃんは何かから逃げているみたいに見えた。リビングの外からやってくる何かから隠れて、ソファの影からクローゼットの中に入った。「なんでまた来るの」とか「帰って」という言葉も、「何か怖いものがやってくる」夢を繰り返し見ているからだと考えれば、つじつまが合うはずだ。
ようやく落ち着いてきた木田ちゃんに、わたしが何を見聞きしたか、思い出せるかぎり伝えた。木田ちゃんは真っ青な顔でそれを聞いていて、わたしはなぜか、余命宣告でもしているような気分になった。
「木田ちゃん、どんな夢見てたか覚えてない?」
「覚えてない……とにかく怖い夢だったってことだけ」
「でも木田ちゃん、『また来る』って言ってた。たぶん、夢を見ているときだけは思い出せるんじゃないかな」
「そう……でもそれ、意味ないよね……」
木田ちゃんはそう呟きながら、ソファの上で膝を抱えた。「それじゃ、全然現実に活かせないじゃん。はーっ……」
ため息をついて、膝の間に顔をうずめる。見ていると痛々しくて、わたしはつい目をそらしてしまった。
「死ぬのかなぁ、私」
木田ちゃんがぽつりと呟いた。でもすぐに袖口で目元をぐいぐい擦って「なんてさ、ごめんね」と言い始める。
「寝てないからすぐ落ち込むんだ。コーヒー、新しいの淹れるよ」
木田ちゃんはさっさと立ち上がり、リビングとくっついているキッチンで、ヤカンを使ってお湯を沸かし始めた。
「ちょっとわかったこともあったし。つまりは私、夢の中で何かに追いかけられてるってことだよね。それが何なのかわかんないにせよさぁ……」
木田ちゃんがぶつぶつ言いながら火を消し、お湯の入ったヤカンをコンロからどかす。普段のしっかりものの木田ちゃんに戻ったみたいで、でも相当無理をしてるんだってことがわかる。
「あっ木田ちゃん、わたしも手伝おうか?」
木田ちゃん一人に家事をさせていることに、わたしはようやく気付いたのだ。あわててソファから立ち上がると、「いいよ、座ってて」と制されてしまった。
「何か用事があった方がいいんだ。なっちゃんもコーヒーでいい?」
「うん。ありがとう」
「砂糖とか入れる?」
「うん」
そこまでは記憶がある。
ふと気づくと、目の前のテーブルに冷めたコーヒーが置かれていた。
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