38

 木田ちゃんの姿が、クローゼットの中に消えてしまった。

 さすがに迷う。どうするのがいいんだろう? クローゼットを強引に開けたら、木田ちゃんが起きてしまうかもしれない。でも、ここは木田ちゃんを起こす覚悟で行動すべきかも。いやでも、もう少し様子を見て――

 迷って、わたしはクローゼットの扉に耳を押し当てた。これで中の様子が少しでもわかるかもしれない。まずいと思ったらすぐに扉を開けて、木田ちゃんをちゃんと起こそう。

 わたしは横目でリビングの壁掛け時計を見た。秒針がちょうど十二のところを通ったところだ。一分間待とう、と勝手に決めた。その間に木田ちゃんの様子がおかしいと思ったときは、すぐに扉を開けよう。おかしいと思ったことがなくても、どっちみち一分が経ったらクローゼットを開ける。そうしよう、ともう一度決めた。

 時計を気にしつつ、耳をすませてみる。自分の呼吸とか、心臓のドキドキがうるさく聞こえてきて、ハラハラしてしまう。そういえばクミさんは、はーこの部屋のクローゼットの中で亡くなっていたんだっけ――なんてことまで思い出して、背中がひんやりと冷たくなった。

 ふと、木田ちゃんの声が聞こえたような気がした。

 気のせいだろうか? もう少しよく聞こえないだろうか――そう思って耳を、扉にもう少し強く押しつけてみた。そのときうっかり、クローゼットの扉に寄りかかりすぎたらしい。カタン、とクローゼットの扉が揺れた。

「ひっ」

 扉の向こうで声がした。木田ちゃんだ。起こしてしまっただろうか? でも、

「帰って……帰ってぇ、帰ってよ……」

 泣きながら祈るような声が続いた。クローゼットは開かない。声もどこかふわふわしていて、まだ寝ているんだろうと思った。

 扉の向こうで何が起こっているのかは、よくわからない。でも木田ちゃんにとっては、きっとただの夢ではないのだ。

「なんでまた来るのぉ……」

 聞いたことのない、子供が震えてるみたいな声だった。「また」ってことは、前も何かが来たってことだろうか? 木田ちゃんは夢の内容を覚えていないみたいだったけど、本当は何度も同じ夢を見ているのだろうか?

「帰ってよぉ……帰って……」

 かすかな声が続く。わたしは時計を見上げ、一分が経過したことを知った。もう放っておけない。起こそう。

 わたしは思い切って、クローゼットの扉を一気に開けた。分厚い服や衣装ケースの隙間に、木田ちゃんが膝を抱えて、むりやり体をねじ込むようにしている。わたしが扉を開けたのにも気づかないみたいで、膝におでこをくっつけたまま「帰って。帰って」と繰り返している。

「木田ちゃん!」

 わたしは木田ちゃんの肩をつかむと、ゆさゆさと大きく揺さぶった。木田ちゃんが目覚めなかったらどうしよう――と肝が冷えたけれど、とにかく大きな声を出しながら、肩をぐいぐい揺らした。

 そのとき、木田ちゃんがぱっと顔を上げた。目の下にいくつも涙の筋が見える。わたしとばっちり目が合った。もうぼんやりした目つきじゃない。いつもの木田ちゃんだ。

「――なっちゃん?」

 わたしに気づくと、木田ちゃんはいきなり抱き着いてきた。

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