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 勝手に入ってごめんね、と心の中で謝りながら、木田ちゃんの部屋から毛布を持ってきて、リビングで寝ている木田ちゃんにそっとかけた。木田ちゃんは目を閉じたまま、ぴくりともしなかった。

 ここ最近あまり眠れなかったみたいだから、そうは見えなくてもすごく疲れていたのかもしれない。でも、それにしたってさっきの寝方は不自然だ。

 とにかく、わたしがちゃんと見張っていなければ。一人掛けの方のソファに座って、頼まれたとおり、木田ちゃんを見ていることにした。テレビは少しだけ迷って消した。静かになると気味が悪いけれど、何か寝言を言ったりするかもしれない。それもちゃんと聞いていなければ。

(夢って、眠ってからすぐに見られるのかな……)

 そんなことを考えながら時計を確認した。夜の十時少し前だ。ふだん寝る時間よりも早いから、まだ全然眠くない。ぼーっとしているうちに、ふと、さっき木田ちゃんが言っていたことを思い出した。

 あさみさんが私たちに嘘をついてたとしたら、どうする?

 どうしたらいいんだろう。

 あさみさんを呼び出すことは、もう二度とないかもしれない。そうだとしても、それはとても重要な問題だと思った。わたしはさんざんあさみさんに時間をもらっていた。その間にあさみさんが何を話し、何をしていたのか、わたしはよく知らない。もしもその間に、あさみさんが何かを――たとえばわたしを困らせるようなことをしていたとしたら、怖い。どうして何もかもあさみさんに頼ってしまったんだろうって、今更のように後悔の念が襲ってくる。

 でも今のところ、あさみさんが「わたしが困るような何か」をしたという事実は、わたしには確認できていない。だからわからないのだ。どうして木田ちゃんは、あさみさんのことを疑い始めたんだろう?

(木田ちゃんが起きたら聞こう)

 そう決めて、もう一口コーヒーを飲んだ。それにしても暇だ。こんな風に思ったらいけないかもしれないけれど、やることがない。静かに眠っている木田ちゃんを見ているだけなんて、そのうち絶対にわたしも眠くなってしまう。テレビは音量が気になるから、本でも読んでいようか――

「なっちゃん」

 突然名前を呼ばれて、ぎょっとした。木田ちゃんだった。目を閉じて、横向きで眠っているはずなのに、唇だけが動いている。

「なっちゃん、どこ?」

 ここだよ、と言おうとして、慌てて口をふさいだ。途中で起こしたらダメだ。ちゃんと見ていなければ。

「なっちゃん……」

 そのとき木田ちゃんが、のろのろと立ち上がった。

 目を覚ましたのかと思った。でも違う。木田ちゃんは、目は開いているけど、顔つきはひどくぼんやりしている。それに、わたしの方を全然見ないのだ。

 やっぱり様子がおかしい。起きているのか、眠っているのか――迷ったけれど、もう少し放っておくことにした。まだ観察していよう。もしも何か危ないことを始めたら、わたしがすぐ止めに入ればいいんだし。

 見ていると、木田ちゃんはソファの近くに立って、リビングの入口にある扉をぼんやりと眺め始めた。

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