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どうしたの? ってうっかり声をかけたくなるのを我慢しながら、わたしは木田ちゃんの横顔をじっと眺めていた。
木田ちゃんは廊下に続くドアを、相変らずぼんやりと見つめている。その表情を眺めていると、やっぱり夢を見ているのかな、という気がしてくる。でも、どういうわけか緊張してきてしまって、わたしは両手の汗をスカートの膝で拭いた。
木田ちゃんが動いた。ぺたぺたと歩いて二人掛けソファの後ろに移動し、そこに座り込んだ。
いくら暖房が入った室内だって、フローリングの床に座りっぱなしだと足やお尻が冷えてしまう。でも木田ちゃんはそんなこと全然気にならないみたいに、体育座りをしたままじっとしている。やっぱり目の焦点が合っていなくて、わたしは不安になってきた。
木田ちゃんが永遠にこのままだったらどうしよう……とか、どうしてもいやなことを考えてしまう。はーこが死んでしまったのに、そのうえ木田ちゃんも様子がおかしくなったままで――なんて考えたくない。
はーこのときにわかった。友達とか、親しいひとが死んでしまうって、すごい
両手とお尻を床につけて、ずるずると後ろに進んでいる。こんなときじゃなかったら、おかしくて笑ってしまったかもしれない。ぼんやりしていた木田ちゃんの顔は少し上を向いていて、なんだかさっきとは少し違う気がする。
(何だろう。何かを怖がっているみたい)
ふと、そんな風に思った。
木田ちゃんは両手とお尻でずるずると移動しながら、ソファの影から少しずつ遠ざかる。「腰が抜けた人」みたいだな、と思った。なにか怖いものを見て、あまりの恐怖に腰が抜けた人が、這って逃げようとしている――そんなふうに思えてしまって、すごく厭な感じがした。もしも木田ちゃんが今すごく怖い夢を見ているなら、やっぱり起こした方がいいんじゃないか……でも、やっぱりまだ観察していた方がきっといい。頼まれたのだから。少なくとも木田ちゃんは、わたしにそうしてほしいはずだ。
そう思って、必死に我慢した。
木田ちゃんの背中が、トンと壁に当たった。今度は後ろじゃなくて、そこにずるずると移動する。やっぱり何かから逃げているみたい――と思った。
やがて、木田ちゃん作り付けのクローゼットに手が触れた。木田ちゃんも、壁以外のものに触っていることには気づいたらしい。手を伸ばして、クローゼットの扉の取っ手に手をかけた。
どうするんだろう……見守っていると、木田ちゃんが小声で何かつぶやくのが聞こえた。わたしは慌てて耳をすませ、木田ちゃんの声に集中した。
「はーこ?」
木田ちゃんはそう言った。「はーこ? クミさん? だれ? ……私の知ってる子?」
その直後、木田ちゃんが、思いがけず素早い動きでクローゼットの扉を開けた。そして中に転がり込むと、ぴたっと扉を閉めてしまった。
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