31

 なんだか辺りが騒がしい、と思った。


 気がつくと仰向けになっていた。瞬きを何度かすると、

「藤巻さん、大丈夫?」

 わたしの顔を覗き込んでいたクラスメイトが、声をかけてきた。

 わたしはその場に起き上がった。黒板、掲示物、置いてある私物。すべてに見覚えがある。

 わたしたちの教室だ。

「藤巻さん、倒れたんだよ。ごめんね、床に寝かせたままで」

「ううん……」

 よく見ると、さっきまでわたしの頭があった辺りに、だれかの鞄が置かれていた。せめて枕の代わりに、と敷いてくれたのだろう。後でお礼を言わなきゃ――などとぼんやり考えていたとき、突然はーこのことが頭に浮かんで、今度こそ本当に我に返った。

「藤巻さん? 顔色悪いよ」

 クラスメイトが心配そうな顔で見つめる。

 わたしは慌てて辺りを見渡した。いつもの教室に見える。血とか、死体とか、そういうものは見当たらない。残っていたはずの何人かも、教室からいなくなっている。

 騒がしいのは教室じゃなくて、廊下の方だ。生徒だけじゃなくて、先生の声まで聞こえてくる。

「あっ――木田ちゃんは?」

 もう一度辺りを見渡したけれど、木田ちゃんの姿が見当たらない。木田ちゃんはさっき、わたしといっしょに見てしまったはずだ。わたしが目を閉じた後、木田ちゃんはどうしたんだろう。どうなったんだろう。

 教室の前の方の扉が開いて、別のクラスメイトが顔を出した。

「藤巻さん、起きた? あのね、とりあえず三階の自習室に移動だって」

 急にそう言われて、何がなんだかわからなかった。

「あの……木田ちゃんは? はーこは……」

「とりあえず移動移動。大丈夫? カバン持ってあげる」

 二人に付き添われて、騒がしい廊下に出た。教室の斜め前にあるトイレの前に、人だかりができていた。


 後から色々話を聞いた。

 やっぱり、はーこは死んでしまったらしい。

 でも教室じゃなくて、あのさっき人だかりができていたトイレの、個室の中で見つかったという。カッターで喉をざっくり切って、個室の中は真っ赤になっていたとか、そんな話を聞いた。個室の中から床のタイルの溝を伝って血液が流れて、それでトイレに鏡を見にきていた子が、何かが起こっていることに気づいた。それで個室の中を覗いて、はーこを見つけたらしい。

 もちろん、大騒ぎになった。泣き出す子やパニックになる子がいて、大変だったみたいだ。教室で倒れたわたしや木田ちゃんもそういう子たちと同じで、はーこの死にショックを受けただけだと判断されたらしい。

 とにかく警察が出入りしたりするからということで、付近の教室の生徒は別の場所に移された。その後すぐに下校するようお達しが出て、わたしたちは校舎の外に追い出された。

「なっちゃん」

 玄関の辺りで、今までどこにいたのだろう、木田ちゃんに声をかけられた。

「ねぇ、何が起こったの? 私、よくわからない。はーこが死んだって?」

 そう尋ねる木田ちゃんの顔が、いつになくぼんやりしていた。わたしは急に不安になった。

「そうみたい……ねぇ木田ちゃん、どうしたの?」

「わかんない――なっちゃん、はーこはどうなったの? 私、教室ではーこに話しかけられたあたりまでしか覚えてない。その後どうなってこうなったの?」

 驚いたことに、木田ちゃんは本当に不思議そうな顔をしていた。

「木田ちゃん、覚えてないの? 教室ではーこに会ったときのこと」

「うん……」

 そう言うと、木田ちゃんは申し訳なさそうに顔を伏せた。

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