29

 風が冷たくなって、もう秋も終わるんだなって気配が漂ってくるころ、毎年恒例のクリスマス会の練習が始まった。

 去年の今頃、八城さんのことで悩んでいたのが遠い過去の出来事みたいだ。まきさんからあさみさんについて教えてもらったことも。もしもあのときに戻れたとしたら、わたしはどうするだろう――

 もうずいぶん長いこと、あさみさんを呼んでいない。九月にあさみさんのお母さんに出会って、それから一度も呼び出していない。

 練習の質は、当然元に戻った。わたしなりにやっているけど、あさみさんみたいに鮮やかにトラブルを解決できるわけじゃない。不審そうな顔もされたけれど、まさか「幽霊に手伝ってもらえなくなったから」だなんて、みんな思ってもいないだろう。クミさんのことがあって、はーこの様子がおかしくなった。はーこと仲がよかったわたしもショックを受けてしまって、前みたいに上手くやれなくなった――そんな風に思われているみたいだった。

 一月の定期演奏会が近づいてくる。それが終われば、ようやく部活から離れることができる。それから卒業して、はーこや木田ちゃんと今みたいに会えなくなって――そういうことを、よく考えるようになった。

 このまま卒業なんかしてしまって、いいのだろうか?

 はーこをほったらかしにして、何も解決できないまま、離れ離れになってしまっていいのだろうか。


「なっちゃん、ちょっといい?」

 よく晴れた日の昼休み、木田ちゃんに話しかけられた。いつもべったりくっついているはずのはーこが、今日はいない。そういえば追試か何かのために先生に呼ばれていたっけ――

「はーこがいないうちに話したいの。はーこ、ちょっと元に戻ってきたかもしれない」

「ほんと!?」

 わたしは思わず立ち上がってしまった。クラスに残っていた子たちが、驚いて一斉にこちらを見た。でも、気にならなかった。

 はーこが元に戻るって?

「ごめん、ちょっと待って。そんな、まだ確実じゃないんだ」

 木田ちゃんが慌てて両手を振った。「でも時々、前のはーこっぽいの。喋り方とか表情とか前と同じで、私のこと見て『あたし、変じゃない?』とかおずおず聞いてきたりする」

「うそ……本当?」

「本当だって。こんなことで嘘ついてもしかたないじゃん」

 そうだ。木田ちゃんはこんなことで嘘つくような子じゃない。はーこは相変わらず木田ちゃんにべったりで、だからわたしよりもきっと、はーこのことをわたしは前のめりになって「じゃあ、どうする?」と小声で尋ねた。

「まだどうもできない……でも、やっぱり時間が経ったからかな、とは思う。このままゆっくりでもいいから、前のはーこに戻ってほしい」

 ちょっと顔を伏せてそんな風にいう木田ちゃんを見ると、胸が締め付けられるような気がした。わたしだって同じだ。せめて卒業までにははーこに元に戻ってほしい。わたしたちはもう絶対にあさみさんを呼んだりしないし、誰にも呼び方を教えたりしない。そうやって、元の生活に戻っていくことができさえすれば。

「結局、なんではーこがあんな感じになったのかは、私にもはっきりとはわからない。なっちゃんも知らないよね?」

「うん。はーこ、教えてくれないよね?」

「会話自体、いまいち成り立ってないことが多いからね……でもさ、とにかく元に戻ったらもう、私はそれでいいと思う」

「わたしも……」

 そのとき教室のドアががらりと開いて、はーこが戻ってきた。だからこの話はおしまいになって、でも確かにわたしの心に希望を灯した。

 結局それは、嘘っぱちの光だったのだけど。

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