25

 次の日、はーこは学校に来なかった。その次の日も、そのまた次の日も来なかった。

 わたしははーこの家に何度も電話をかけた。最初のうちははーこが出た。

『よく眠れなくて体調が悪いんだ。だからしばらく学校休む……』

 いかにも弱っている様子だったけれど、でも電話に出るだけまだよかった。そのうちはーこのお母さんが、代わりに電話に出るようになった。『あんまり人と話したくないみたい。ごめんね』そう断るお母さんの声が、悲しそうに聞こえた。

 わたしは手紙も書いてみた。何かあったら連絡してとか、学校でこんなことがあったとか、そんなことしか書けなかった。木田ちゃんもわたしと同じように連絡をとろうとしたらしい。一人ではーこの家にも行ったけれど、玄関で帰されてしまったという。

「はーこ、やっぱり変だよ。何かおかしなことが起こってる」

 はーこの話をする木田ちゃんは、「体のどこかがひどく痛い」みたいな顔をしていた。

「はーこの親は、病院とか連れてったみたい。でも効果なさそうだよね」

「どうしよう……やっぱり神社とか、そういうところに相談した方がいいんじゃないかな?」

 わたしがそう言うと、木田ちゃんは大きなため息をついた。「どこか心当たり、ある?」

 全然ない。それにもしあったとして、どうやってそれを伝えたらいいのかわからなかった。最近は電話も取り次いでもらえないし、家族も大変なんだろう、すぐに切られてしまうようになった。手紙もどうなっているのか――ちゃんと開封されているのか、正直怪しい。

 時間は容赦なく過ぎた。

 メゾソプラノのパートリーダーが理由のよくわからない欠席を続けたまま迎えたブロック予選は、当然といえば当然だけど、あまりいい結果は出せなかった。合唱部のみんなが、はーこのことを心配していた。「何も言わずに休んでる」って、怒っている子もいた。

 でも、本当のことを知っているのはわたしと木田ちゃんと、それからまきさんだけ。まきさんにもはーこのことを伝えたけれど、できることは何もないみたいだった。

(こんなとき、あさみさんだったらどうするんだろう)

 相談できないんだから、そんなことを考えたって仕方がない。でも、考えずにはいられなかった。あさみさんに相談できたら。あさみさんに時間をもらえたら。

 あさみさんのお母さんに会えたら――そう思ったこともあったけれど、連絡先も、住所もわからなかった。あさみさんが生前住んでいた家は空き家になっていて、どこに引っ越したのか、わたしたちには追いかけることができなかった。

 いつの間にか残暑が去って、衣替えの時期がやってきた。

 はーこが突然登校してきたのは、その頃だった。


 教室のドアががらりと開いたとき、もう一限が始まっていた。

「はーこ?」

 ドアのすぐ近くに座っていた子が、入ってきた生徒を見てそう言った。

 確かにそれははーこだった。挨拶もせず、自分の席に向かってまっすぐ歩くと、ガタガタと音をたてて椅子をひき、だるそうに腰かけた。

 誰も何も言わなかった。たぶん驚いてしまって、どうすればいいのかわからなかったのだと思う。

「……大久保さん? わかってると思うけど、遅刻ですよ?」

 注意する先生も、明らかに戸惑っていた。

 わたしは体を大きくひねって、斜め後ろに座るはーこと先生を眺めていた。はーこは座ったまま上目遣いで先生を見て、それからにぃーっと笑った。

 ぞっとした。わたしが知ってるはーこの笑い方じゃない。

「はぁーい、すみませぇん」

 はーこは先生に向かってそう返事をした。半分笑ってるみたいな、気持ちの悪い喋り方だった。

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