24
はーこはクミさんが家にやってきたときのことを、ぽつぽつと話し始めた。別人みたいな話し方と態度で、何か頼みがあると言いながらヘラヘラしてて――そのうち話が、わたしから電話がかかってきた辺りにさしかかると、がたがた震えはじめた。
「はーこ、落ち着いて」
木田ちゃんが、はーこの肩を抱いた。「クミさんに何か頼まれたの? それって何だったの?」
「見てぇって、声がしたの」
はーこが答えた。まだそう寒い時期でもないのに、唇が紫色になっていた。
「クミさんが急にいなくなったからあたし、どうしたんだろうって思いながらとにかく部屋に戻ったの。そのとき見てぇって声がしたんだよ。したはずなの。箪笥が開いてて、その中にクミさんが……こう、横向いてぶら下がってて、でも変なの。クミさん、そのときにはもう死んでて手遅れだったの。死んでたはずなのに、見てぇって声はしたんだよ……だからそれがたぶん、お願いだったんだと思う」
はーこはそう言って、自分を抱きしめるみたいに両腕をぎゅっと掴んだ。
何が起こったのだろう? はーこが言っていることはめちゃくちゃだ。話を飲み込めないまま、わたしはただ黙って、はーこの顔を見つめていることしかできなかった。なんて声をかけたらいいのか、全然わからない。
「クミさんは、自分が死んでるところを、はーこに見てほしかったってこと?」
はーこはうなずいた。でもそれを後悔するように、すぐに首を横に振った。
「たぶんそう――でも自信ない。そもそもあれがほんとにクミさんだったのか、それがわかんないの」
「どういうこと?」
「だって、別人みたいだったもん。あれはクミさんじゃなくて、クミさんの体を乗っ取った何か別のものだったんじゃないかって気がする。だって全然ちがって……わかんない。わかんない、どうしよう。もしあれがクミさんじゃなくて、別の何かだとしたら、そいつは今、どうなってるの? 死んだ後もクミさんにくっついたまま? それともどこかに行っちゃったの? クミさんが死んでるとこ見せて、何がしたかったの?」
「はーこ、落ち着いて!」
そう言った木田ちゃんの顔も、はーこと同じくらい真っ青だった。はーこははっとしたように黙って、それからしくしく泣き始めた。
結局どうにもならなくて、はーこを家に送り届けた後、わたしたちはバスに乗ってそれぞれの家に帰った。
「ばいばい、なっちゃん」
木田ちゃんが先にバスを降りた。今は実家で、お父さんと二人で暮らしているらしい。やっぱり一人にしないで、と言いかけて、やめた。そんなことをしたって無駄だ、という気がしたのだ。走り始めたバスの窓から外を見ると、木田ちゃんが手を振っていた。わたしも振り返した。
家に帰ると、夜まで気絶するように眠った。夢は見なかった。すっかり夜になってからようやく目が覚め、はーこはどんな怖い夢を見たんだろうか、とベッドの中で考えた。
まだ怖かったけれど、でもさっきよりはいくらか落ち着いてもいた。ちゃんと休んで、明日は学校に行かなきゃと思った。コンクールの練習がある。授業にも遅れてしまう。しっかりしなければ。またはーこに電話をかけよう。やらなくちゃならないことをいくつも考えた。でも、
(だからそれがたぶん、お願いだったんだと思う)
何を考えていても、そう言ったときのはーこの声が、耳を離れなかった。
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