22
ちゃんと授業に出なきゃ、というよりは習慣で教室に戻った。でも授業どころじゃなかった。先生が何を言っても頭に入ってこなかった。
とうとう仮病をつかうことにして、「気分が悪いので、保健室に行ってもいいですか?」と先生に声をかけた。先生はわたしの顔をまじまじと眺めて、
「本当、藤巻さん顔色がよくないですよ。お大事に」
と言ってくれた。だからよっぽど顔に出ていたのだろう、それくらい、はーこの家で起きたことがショックだった。
とにかく保健室までよたよたと歩いた。色んなことが頭の中でぐるぐる回っていた。あさみさんのこと、あさみさんのお母さんのこと、クミさんの様子がおかしくなったこと、はーこの家でクミさんが首を吊って死んでしまったこと――その後ろでずっと「もうあさみさんに頼ったらだめなの?」とうろたえている自分がいた。八城さんの件から今まで、わたしは部活のこと――つまり生活の中で一番トラブルが起きたり、わたしに足りない能力が求められる点に関して、あさみさんに頼りきっていた。こんなふうに大事件が起きた時、どうしたらいいのかわからない。
「なっちゃん」
後ろから声をかけられて、振り向くと木田ちゃんが立っていた。木田ちゃんの顔も青ざめて、見るからに気分が悪そうだ。きっと今のわたしも、こんな表情をしているんだろう。
「はーこの家のこと、聞いた?」
「聞いた……木田ちゃんも?」
「さっきちょっとね。作田さんち、はーこの近所でお母さん同士が仲いいんだって。だからそこ情報。だれかわかんないけど、合唱部の先輩がおうちで亡くなったって」
「それ、クミさんだって。あのさ、昨日まきさんから聞いたんだけど……」
保健室には誰もいなかった。ベッドに腰かけて、木田ちゃんとわたしは話を続けた。持っている情報を少しでも分かち合いたかった。それで何か、わたしたちのうちどちらかでも、解決策にたどりつくことができれば。
あさみさんに頼れないんだから、それ以外の誰かに助けてもらうか、自分でどうにかするしかない。話しているだけで体が震えて仕方ないけれど、そうしなければ。
「クミさんだったんだ」
木田ちゃんは両手をぎゅっと握りしめた。「クミさん、それで死んじゃったのかな……あさみさんを最初に呼び出した人だから、なんていうか……」
言葉を探している木田ちゃんに「罰が当たった?」と言ってみると、木田ちゃんはうなずいた。「そう。そういうことかなって」
「じゃあ、どうしてはーこのところに行ったんだと思う?」
「それは……何だろ、それも何かの罰って感じがする。何となくだけど……」
木田ちゃんは何か言いかけてうつむいた。
「何? 何か思いついたら教えてよ。わたしも言うから」
「そう……そうだね。じゃあ言う。ただの想像だけど」
そこで一度ため息をついてから、木田ちゃんは続けた。
「もしかしてはーこ、あさみさんを呼ぼうとしたんじゃないかな。クミさんのことがあったのは、その罰じゃないかな……って、ほんと想像だけど……」
「あさみさんのお母さんが言ってたことを守らなかったから、はーこに悪いことが起きたってこと?」
「そうじゃないかなって思う。本人に聞かなきゃわからないけど、私だって何度も『あさみさんに相談したい』って思ったし……」
「とにかく、はーこと話そう」わたしは泣きそうになりながら言った。「木田ちゃんの仮説を確かめよう。木田ちゃんも付き合って。一緒にはーこと話そう」
木田ちゃんは、うなずいてくれた。
そのとき少しだけ、何かが前に進んだ気がした。
でもわたしたちは、このときはまだ、全然わかっていなかったのだ。
言いつけを守らなかったから悪いことが起こった。それは結局のところ、間違いではなかった。でも、わたしたちはその「悪いこと」を「自分の部屋で人が死ぬ」ってことだと勘違いしていた。
もっと悪いことが起こるかもなんて、このときはまだ考えていなかった――いや、わざと考えないようにしていたのかもしれない。
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