19
なんだか胸の中がざわざわした。わたしは受話器を強く握りしめた。
「もしかして、まきさん会いました? あさみさんのお母さん」
あの人と会ったから、まきさんはすぐに「あさみさん」の名前を出したんだ。そう思った。でもまきさんは、
『わたしは会ってないけど……』
と答えた。わたしは、というところが妙に引っ掛かった。
『なっちゃん、クミさんのこと覚えてるよね?』
まきさんが尋ねる。
クミさん、という名前をあまりにひさしぶりに聞いたから、一瞬誰なのかわからなかった。一呼吸おいて、ようやくそれが、わたしたちが一年生だったころの合唱部の部長だということを思い出した。そうだった。あの世代はあさみさんが副部長で、部長はクミさん。
「クミさんって、あさみさんのことと何か関係あるんですか?」
『あるよ。最初に降霊術であさみさんを呼び出したの、クミさんなの』
まきさんはそう言った。初耳だった。それまでわたしは「誰がこういうことを始めたのか」ということについて、知ろうともしなかった。そのことに今、ようやく気付いたのだ。あさみさんがあまりに親切だから、きっと彼女の方からやってきたのだろう――そんな風に思い込んでいた。
『クミさん、禁止になった後も校内でこっくりさんやってたらしいのね。こっくりさんは降霊術らしいってことも知ってたし、試してみようって気持ちもあった。まさか本当にあさみさんが来るとは思わなかったって言ってたけど……でも急にあさみがいなくなって、クミさん、本当にきつかったんだと思う……こういうこと、あんまり話してほしそうじゃなかったからわたし、なっちゃんたちには言わなかった。でも』
受話器の向こうでまきさんが呟いた。
『昨日会ったの。クミさんに――なんか、おかしかった』
声が震えている。
「おかしかったって?」
『クミさん、うちに来たの。東京で一人暮らししてるはずなのに、わざわざ電車乗りついで……それもおかしいんだけど、なんだろ、あのね』
まきさんは一度言葉を切る。それからまた、クミさんがね、と続ける。
『クミさんなんだけど、クミさんじゃないみたいだった……なんかヘラヘラしてて、話し方もふにゃふにゃして、子供みたいな喋り方するの。なんかクミさん、あさみさんのお母さんに会ったんだって。だからわざわざわたしに会いに来たんだって、そんなこと言うの』
「クミさんが?」
『そう……なんかすごいはしゃいでて……あさみさんのお母さんに会えてよかった、自分が悪いことしたってことがよくわかったとか、まきちゃんも仲間だよとか、そんなことばっかり言ってね』
まきさんの声がどんどん沈んでいく。何をどう話したらいいのかわからない、という感じが、受話器の向こうから伝わってくる。まきさんは今、どんな顔をしているんだろう。そんなことを考えてしまう。
ふと、まきさんが黙った。
「あの、まきさん、どうしたんですか?」
沈黙に耐えられなくなって尋ねた。
『……ごめん、あのね』まきさんの声が聞こえてきた。
『なんかね、頼み事があるって言われたの。でもそれ聞く前に「やっぱり別の子に頼む」みたいなこと言って、クミさん、さっさと帰っちゃった……ねぇ、なんか気持ち悪いんだ。クミさん、すごく気味が悪かったの。何か変なことになってる気がする』
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