18

 わたしたちが何も言えずに固まっている間に、あさみさんのお母さんはさっと踵を返した。追いかけなきゃ、と気づくよりも早く、お母さんは近くに停まっていた黄色い軽自動車に乗り込み、振り返りもせずに走り去ってしまった。

 はーこは頬っぺたを赤くして、車が走り去った後をずっと見つめている。木田ちゃんははーこの肩を抱いたまま、顔を伏せて黙っている。

 二人とも何も言わないから、わたしが「あのさ」と切り出す。何も言わずにこのまま帰るなんてできない。でも「あの……」と何かを言いかけたまま、どう続けたらいいのかわからなくてまた黙ってしまう。

(もう二度と麻美を呼び出さないで)

 有無を言わさずに叩きつけられた言葉が、胸の奥にずんと重たく沈んでいた。わたしたちは――少なくともわたしは、あさみさんの遺族がどう思うかなんて、一度も考えたことがなかった。お母さんからしてみれば、あさみさんは今、いたずらに生者の世界をさまよっている状態なのだろう。あさみさんが本来行くべきところ――たとえば天国みたいなところに行けていないということは、本人だけでなく遺族にも暗い影を落とすことなのだ。

「ごめん、帰るね……」

 木田ちゃんがため息まじりに言った。「またね。必要だったら電話とかして」と付け加えると、半分走るみたいにしてさっさと正門を出て行った。残されたわたしとはーこは、顔を見合わせた。

「……はーこ、大丈夫?」

 興奮したせいなのか、はーこは泣いていた。ぽろぽろとこぼれる涙をぬぐいながら「わかんない」と答えた。

 わたしもどうしたらいいのかわからなかった。


 結局二人で話すこともなくて、普通に別れて家に帰った。自分の部屋でベッドの上にひっくり返って、ぼんやりと天井を見上げた。さっきからずっと、あさみさんとあさみさんのお母さんのことを考えてしまって、ほかのことはぼんやりとしか頭に入ってこなかった。

 こんなに悩んだのは、本当にひさしぶりだった。あさみさんに相談したい、でももうあさみさんを呼び出すなと言われてしまった。だったら誰に相談すればいいんだろう? はーこも木田ちゃんもわたしと同じくらい「どうしよう」って顔をしていたのに、どこから答えを出したらいいのだろう?

 ベッドの上でしばらくごろごろ転がって、わたしはようやくまきさんのことを思い出した。去年の合唱部の連絡網を取り出し、両親の部屋から電話の子機を持ってきて部屋に閉じこもると、まきさんの家に電話をかけた。

 呼び出し音を聞きながら、受話器を握りしめて祈った。

『はい、橘です』

 聞き覚えのある声がした。わたしはお腹を減らした犬みたいに急いで「まきさんですか!?」と言った。

『なっちゃん?』

 まきさんがわたしを呼ぶ。懐かしい響きだった。干渉に浸っている暇もなく、まきさんはわたしに尋ねた。

『もしかして、あさみさんのこと?』

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