13
八城さんが退部して、わたしたちと関わりがなくなると、改めて最近感じていたストレスの原因がわかる。かといって「めでたしめでたし」という気分にはなれなかった。
胸の奥に何かが詰まっているような気持ちがずっと拭えない。「八城さんを説得したのはわたしじゃない」ということが、ずっと引っ掛かっていた。
あれ以来、周りのわたしを見る目は明らかに変わった。「なっちゃんさんはいい人(でもそれだけ)」って感じだったのが、「いい人だし、いざというときには頼りになる」になった。自分が「いい人」なのかどうか、正直よくわからない。でも「いざというとき頼りになる」よりは的外れな評価じゃないと思う。
いざというとき頼りになるのはわたしじゃなくて、「あさみさん」だ。
クリスマスが終わって、年末が来て、年が明けた。まきさんたちが引退して、いよいよ正式にわたしたちの学年が合唱部を引っ張っていくことになった。
「なっちゃんがいるから心強いよ。これからもよろしくね」
新部長にわざわざそう言われて、逃げ出したくなった。こんなこと、誰にも相談できなかった。
「いいじゃん、それで解決したんだから。なんかあったらまたあさみさんに頼ればいいんだよ~」
はーこにはあっさりそう言われてしまった。その通りかもしれないけれど、わたしの納得できる答えではなかった。
木田ちゃんはどうやら家の方が大変らしく、お父さんとお母さんが離婚するしないでもめていると聞いた。相談なんかできる状態じゃない。
まきさんは進学組だから、二月三月は受験で忙しい。学校には来ないし、連絡もとりにくくなった。ほかにあさみさんのことを相談できる子はいない。あの降霊術の現場にいたのは、わたしとはーこと木田ちゃんとまきさん、それだけなのだから。
誰かに話を聞いてほしくて仕方がなかった。でもそれができない。自分の相談どころか、部員や友達から相談事をされるようになってしまって、そのこともしんどかった。一つ一つをなんとかやり過ごしながら、苦しくて仕方がなかった。毎朝倒れそうになりながら登校した。
あるとき、教室のベランダでほっとかれた鉢植えが枯れた葉っぱを揺らしているのを眺めていたとき、ふと気づいた。
話を聞いてくれるひと、相談にのってくれそうで、かつあのとき降霊術の現場に立ち会っていたひとなら、ほかにもいる。
「あさみさん」だ。
きっとそれは健全な答えじゃない。でも、そう思いついたことが天啓みたいに思えてしまうほど、わたしは弱っていた。
はーこは喜んで協力してくれるという。部室に二人で引きこもって鍵をかけ、
「あさみさんあさみさん、おいでください」
いつもの手順で彼女を呼び出した。
はーこはあさみさんに二十分をもらった。机を挟んだ向こうにいるはーこが、明らかに別人の雰囲気に変わる。「なっちゃん」ではなく「なつみちゃん」とわたしを呼んで、あさみさんの笑い方で笑う。
「なつみちゃん、元気がないのね。大丈夫?」
のっけから心配されたのが、ものすごい急角度で心のツボみたいなものに刺さった。「あさみさん」のことが怖くて、疑っていたのに、急に抱きしめられたような気分になって、目から涙がぽろぽろこぼれた。
「大丈夫?」なんて聞かれたのはひさしぶりだった。この数か月、頼られるばっかりだった。わたしの弱さを、知っている人がいて、その人にちゃんと心配してもらえたことが、このときのために生きていてよかったと思ってしまえるくらい、強烈に胸に染みた。
「なつみちゃん、何でも話していいのよ。聞いたことは誰にも教えない。ふたりだけの秘密にしておくから」
そう言って「あさみさん」は、十円玉に人差し指を置いているわたしの右手を、空いている左手でそっと包んだ。
「なつみちゃんはがんばってる。でも本当はそんなにがんばらなくてもいいんだよ。弱くても、逃げても、今みたいに泣いちゃってもいいの。もしも泣き止めなかったら、その間はわたしが代わりに『なつみちゃん』をやってあげる。だから大丈夫だよ。辛かったら隠れてても、ずっと泣いててもいいよ」
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