11
はーこはみんなに「ちょっとこの子借りるね!」と断ると、みんなの返事は聞かずにわたしの腕を引っ張って音楽室を出、隣の音楽準備室――つまり部室に入った。テーブルの上にはこっくりさんの紙と十円玉が置かれていて、はーこが何をしていたのか、もしくはこれから何をしようとしているのかがよくわかる。
「はーこ、『あさみさん』一人で呼んでたの?」
「違う。これから呼ぶの」
「呼んでどうすんのよぉ」つい情けない声が出てしまった。「わたし嫌だよ、八城さんと話すの。いくらアドバイスもらったってさ、八城さん、絶対すんなり納得したりなんかしないから。わたし口喧嘩とか苦手だし」
「わかってる。だから『あさみさん』を呼ぶの。なっちゃんが呼ぶんだよ」
「なんでよ」
「いいから。なっちゃんがソプラノのパーリーなんだから、なっちゃんがやらなきゃでしょ」
はーこはわたしの顔を真正面から見て、𠮟りつけるように言った。
「いい? なっちゃん。自分で説得しようなんて考えなくていいから、あさみさんを呼んで、頼むの」
「何を?」
「何分くらいかかると思う?」
はーこはそれだけ言った。でもその言葉は、わたしには天からのお告げみたいに聞こえた。
はじめてこっくりさんの主役になった。はーこと一緒に十円玉に指を置いて、でも話すのはわたしだ。この間まきさんがやってたみたいに。手順は覚えている。
「あさみさんあさみさん、おいでください。おいでになったら『はい』まで動いてください」
十円玉がひとりでにすっと動いて、「はい」でぴたりと止まる。「あさみさん」だ。長日部麻美。わたしたちの先輩。いつも優しくて、いつも助けてくれて、間違ってたことなんか一度もなかった。
わたしはひとつ深呼吸をする。
「あさみさんあさみさん、一時間ください」
気がつくと、音楽室のピアノの前に座っていた。
わたしの指は鍵盤の上にある。目の前には『きよしこのよる』の楽譜が置かれている。どこを弾いていたのかわからなくて、わたしは手を止めてしまう。
「藤巻さん?」
指揮棒を振っていた顧問がこちらを振り向く。「どうかしましたか?」
「あの……」
ついさっきまで部室にいたはずなのに。
「顔色が悪いですよ」と言う顧問を無視して、わたしは辺りを見回した。見慣れた光景だ。パートごとに別れた部員たち。メゾソプラノの前列にははーこの姿がある。わたしと目が合うと、はーこはコクコクとうなずき、唇を動かした。
(もどった?)
そう言ったように見えた。
わたしはソプラノパートに視線を移す。そこに八城さんの姿はない。いつも練習にはきちんと、それこそ熱心すぎるくらい熱心に参加するのに。
「藤巻さん?」
顧問が怪訝そうに繰り返す。「ちょっと休憩にしましょうか?」
「は……い……。すみません」
上の空でそう答えながら、わたしはそのとき、音楽室の壁にかかった時計を眺めていた。
時計の針は、部活開始から一時間とちょっとが過ぎたことを示している。
あさみさんを呼んでから、およそ一時間が経過している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます