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 はーこはみんなに「ちょっとこの子借りるね!」と断ると、みんなの返事は聞かずにわたしの腕を引っ張って音楽室を出、隣の音楽準備室――つまり部室に入った。テーブルの上にはこっくりさんの紙と十円玉が置かれていて、はーこが何をしていたのか、もしくはこれから何をしようとしているのかがよくわかる。

「はーこ、『あさみさん』一人で呼んでたの?」

「違う。これから呼ぶの」

「呼んでどうすんのよぉ」つい情けない声が出てしまった。「わたし嫌だよ、八城さんと話すの。いくらアドバイスもらったってさ、八城さん、絶対すんなり納得したりなんかしないから。わたし口喧嘩とか苦手だし」

「わかってる。だから『あさみさん』を呼ぶの。なっちゃんが呼ぶんだよ」

「なんでよ」

「いいから。なっちゃんがソプラノのパーリーなんだから、なっちゃんがやらなきゃでしょ」

 はーこはわたしの顔を真正面から見て、𠮟りつけるように言った。

「いい? なっちゃん。自分で説得しようなんて考えなくていいから、あさみさんを呼んで、頼むの」

「何を?」

「何分くらいかかると思う?」

 はーこはそれだけ言った。でもその言葉は、わたしには天からのお告げみたいに聞こえた。


 はじめてこっくりさんの主役になった。はーこと一緒に十円玉に指を置いて、でも話すのはわたしだ。この間まきさんがやってたみたいに。手順は覚えている。

「あさみさんあさみさん、おいでください。おいでになったら『はい』まで動いてください」

 十円玉がひとりでにすっと動いて、「はい」でぴたりと止まる。「あさみさん」だ。長日部麻美。わたしたちの先輩。いつも優しくて、いつも助けてくれて、間違ってたことなんか一度もなかった。

 わたしはひとつ深呼吸をする。

「あさみさんあさみさん、一時間ください」


 気がつくと、音楽室のピアノの前に座っていた。

 わたしの指は鍵盤の上にある。目の前には『きよしこのよる』の楽譜が置かれている。どこを弾いていたのかわからなくて、わたしは手を止めてしまう。

「藤巻さん?」

 指揮棒を振っていた顧問がこちらを振り向く。「どうかしましたか?」

「あの……」

 ついさっきまで部室にいたはずなのに。

「顔色が悪いですよ」と言う顧問を無視して、わたしは辺りを見回した。見慣れた光景だ。パートごとに別れた部員たち。メゾソプラノの前列にははーこの姿がある。わたしと目が合うと、はーこはコクコクとうなずき、唇を動かした。

(もどった?)

 そう言ったように見えた。

 わたしはソプラノパートに視線を移す。そこに八城さんの姿はない。いつも練習にはきちんと、それこそ熱心すぎるくらい熱心に参加するのに。

「藤巻さん?」

 顧問が怪訝そうに繰り返す。「ちょっと休憩にしましょうか?」

「は……い……。すみません」

 上の空でそう答えながら、わたしはそのとき、音楽室の壁にかかった時計を眺めていた。

 時計の針は、部活開始から一時間とちょっとが過ぎたことを示している。

 あさみさんを呼んでから、およそ一時間が経過している。

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