10
わたしはけっこう驚いていた。あんな風に愛想の悪いはーこは初めて見た。明らかにわたしに対して怒っていた――と思う。もっと正確に言えば、わたしの発言に腹を立てていた。
たぶんわたしが「あさみさん」のことを「何かよくわかんない幽霊」って言ったからだ。
「……いや、本当のことじゃん」
誰もいない部屋で、独り言を言ってみた。なんだか負け惜しみみたいに聞こえた。ベッドにひっくり返って、天井を眺めてため息をついた。
風邪はもう治りかけだ。授業に遅れてしまうし、明日は登校しなければ。
でも、今は治ってしまうのがイヤで仕方なかった。学校に行ったら当然部活があって、パート内のもめごとはわたしが何とかしなければならない。パートリーダーは一応まだまきさんということになっているけれど、三年生はもう引退が近い。実質的なリーダーはもうわたしということになっている。パート内のことを何とかしなきゃいけないのは、基本的にわたしなのだ。
合唱部に顧問の先生はもちろんいるけど、アテにならないことはなはだしい。そもそもアテにできる先生だったなら、八城さんのことなんかとっくにどうにかなっているはずだ。
(八城さんに何て話そう)
あなたみたいに厳しくしたって他人はついてこないんだよ――とか言ったとして、彼女はわたしの話を聞くだろうか? 聞かない気がする。
はぁ、ともう一度ため息が出た。
いっそ「部活辞めてよ」って、ストレートに言ってしまいたい。言った後どうなるかわからないけど。わたしは口喧嘩に弱い方だし、もしかしたら八城さんに泣かされるかもしれない。
ああ、イヤだな。
次の日、無事に風邪は治った。それはいいとして、放課後活動場所である音楽室に向かうと、案の定合唱部はギスギスしていた。副パートリーダーがわたしの肩を叩いて「なんとかしてよ」とささやいた。
「練習どころじゃないんだよ……」
なるほど、八城さんは音楽室の隅の椅子に、背筋をやたらピンと伸ばして腰かけている。口をぎゅっと閉じ、クリスマス会用の楽譜を膝の上でめくっている。周囲には露骨に人がいない。みんな彼女を避けているのだ。
「八城さん」
思い切って声をかけると、じろっと睨まれた。
やっぱりイヤだな、と思ってしまう。
(そういえばはーこ、確か八城さんのことを「あさみさん」に相談したんじゃなかった? 昨日は怒って帰っちゃったから、相談の内容は聞きそこねたけど)
とっさにそんなことを思い出した。でも、今日ははーこの姿が見当たらない。
(聞き損ねちゃった。何て言われたんだろう)
もうこうなったら何でもよかった。八城さんのことで、ちゃんとしたアドバイスがもらえるのなら、何でも。
わたしは昨日みたいにため息をついた。そのとき、背中をつんつん、と突かれた。
「ねぇ、ちょっと来て」
はーこだった。
「なっちゃん、すぐ部室に来て。『あさみさん』呼ぶから。八城さん、どうにかしたいでしょ?」
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