09
それからしばらく、はーこも木田ちゃんもわたしも「あさみさん」の話はしなかった。あんなおかしなことがあったっていうのに、誰もそのことについておしゃべりしようとは思わなかったのだ。まきさんはそんなわたしに何も言わず、黙って様子を見ているみたいだった。
わたしに関して言えば、怖かった。あの日、家に帰ってから急にすごく怖くなって、その夜は一人で眠れなかった。
(どうしてあんなことしちゃったんだろう)
なかなか寝付けずに目を閉じていると、ひとりでに動く十円玉や、あさみさんの笑い方で笑うまきさんのことを次々に思い出した。結局その夜はほとんど眠れなかった。
正直なところ、もう「あさみさん」について話したくなかった。そのことについて触れなければ、やがてそれは忘れられてしまい、最初からなかったのと同じことになるんじゃないか――そんなことを、今思えばバカみたいなことを期待していた。
でも、やっぱりそうはならなかったのだ。
十一月と、定期テストが終わった。
クリスマスには市内にある教会が主催するクリスマス会(チャリティーイベントって感じの催しだ)があって、わたしたち合唱部も参加するから、その準備でいつもより少し忙しくなる。
とはいえ大抵曲は決まっている。毎年同じ、超定番のクリスマスソングを二曲。それから子供にウケそうな曲をあと一曲歌う。準備期間が短いし面倒だけど、曲自体は簡単なやつだし、わたしは結構楽しいと思う。でも、
「八城さんがソプラノの一年とケンカしてるみたい」
わたしが風邪をひいて二日学校を休んでいる間に、そういうことがあったらしい。
「一年ってだれ?」
「一年全体。二年と三年は間に入ってるけど、正直呆れてるかんじ」
と、家まで課題のプリントを届けに来てくれたはーこが教えてくれた。
げんなりしてしまう。
「八城さんが、定演とかコンクールじゃないからって手を抜くなって怒ったみたい。一年も別にふざけてたわけじゃないから、言いがかりだとか理不尽だとかって怒っちゃって」
そりゃ練習をたくさんするとか、厳しい練習に耐えるとか、そういうことって別に悪いわけじゃない。いいことだっていう人もいると思う。でも、それはうちのカラーじゃないのだ。
「うーっ、頭が痛い……風邪のせいじゃなくて」
「大変ですなぁ。でさ、あたしあさみさんに相談してみたんだけど」
はーこの口から急に、あまりにもあっさりと「あさみさん」の名前が出てきてびっくりした。ベッドの上で両目を丸くしていると、「だって、そうなるでしょ?」と、はーこはなんだか怖いことを言う。
「どうしたらいいのかわかんないこともさ、あさみさんに聞いちゃえばちゃんと答えが出るんだから」
「それでいいのかな……ていうかそもそもあさみさんって、そんなに信用できるの?」
「しっ」
急にはーこが、唇の前に人差し指を一本立てた。
「なっちゃん、失礼だよ。そんなこと聞くのは」
「いやでもさぁ、何かよくわかんない幽霊だし」
「いや、よくわかんなくないし。あさみさんだよ」
そう言うと、はーこはあっさり立ち上がった。「あたしそろそろ帰るね。じゃーねなっちゃん。また学校で」
そして、さっさと帰ってしまった。
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