04
翌日の昼休み、わたしたちは部室に集まった。部屋の名前は一応「音楽準備室」となっているけど、実態はほぼ合唱部の部室だ。だからみんなこの部屋のことを「部室」と呼んでいる。音楽室よりも狭く、おまけに古いアップライトピアノや足踏み式のオルガンがスペースをとっているので、楽譜を並べた本棚が窓際に置かれている。だから、合唱部の部室は他の教室より暗い。
まきさんとわたし、それからメゾソプラノの次期パートリーダーの「はーこ」こと大久保華子に、アルトの同じく時期パートリーダーの木田なつみ。彼女はわたしと下の名前がかぶるので「木田ちゃん」と呼ばれることが多い。現パートリーダーの先輩たちや、新旧の部長と副部長もそろっているかと思ったけれど、今いるのはわたしたちパートリーダー三人と、まきさんだけだ。
「なんかね、みんな怖くなっちゃったんだって」
まきさんはあっさりとそう言いながら、部室の鍵を閉めた。これで誰かがうっかり乱入することはないだろう。
「相手はあさみさんなんだから、怖がることないのにね」
「でも、本当に幽霊を呼びだすことなんて、できるんですか?」
はーこが尋ねた。「まきさんのこと疑うわけじゃないけど、あまりに突拍子もないっていうか……」
木田ちゃんも隣でうなずいている。まぁ、わかる。わたしだって半信半疑だ。まきさんのことを信頼してないわけじゃない。でも――本当にそんなことができるのだろうか?
「できるよ。普通の幽霊はわかんないけど、あさみさんは特別だから」
そう答えたまきさんは、何と言ったらいいんだろうか――私は英語担当の川田先生のことを思い出した。先生は敬虔なクリスチャンなのだけど、彼女から受ける「何かを当たり前のように信じて、拠り所にしている」という感じが、今のまきさんとよく似ている気がした。
「じゃあ、やろうか。大丈夫、簡単だから」
わたしたち二年生が何も言えずにいるうちに、まきさんはそう宣言してカーテンを閉めた。真昼間だというのに、部室は雨の日の夕方のように暗くなった。
テーブルの上には、こっくりさんをするときと同じものが用意されていた。ひらがな五十音と数字の一から十、「はい」と「いいえ」、それに鳥居のマークが書かれた紙。そして十円玉。
わたしたち四人は机を囲み、四方から腕を伸ばして十円玉に人差し指を置いた。
「やり方はこっくりさんと大体同じだから。でも、相手があさみさんだから大丈夫。危険じゃないし、そうしたいと思ったらすぐに帰ってくれるから」
わたしたち二年生は顔を見合わせ、「はい」「わかりました」とバラバラに返事をした。まきさんはにこっと笑った。
「じゃあ、始めるね。私に続いて唱えてくれる?」
「はい」
「あさみさんあさみさん、おいでください」
「……あさみさんあさみさん、おいでください」
少し抵抗があったけれど、わたしはそう繰り返した。はーこも、木田ちゃんも同じように繰り返す。
「あさみさんあさみさん、おいでください。おいでになったら『はい』まで動いてください」
「あさみさんあさみさん、おいでください。おいでになっ」
わたしたちの声は、そこで途切れた。
はーこが「ぐうぅっ」とくぐもった声を上げた。わたしは完全に次に言うべき言葉が飛んでしまい、木田ちゃんは「うそ」と呟いた。
十円玉が動いたのだ。とても自然でなめらかな動き方だった。
それはスルスルと「はい」に移動し、ぴたりと止まった。
(だれが動かしたの? まきさん?)
とっさにそう思った。まきさんの方を見ると、目が合った。口元が笑っている。
「あさみさんあさみさん、今日はこれから雨が降りますか?」
まきさんがそう尋ねると、十円玉は「はい」の周りをぐるぐる回り始めた。「怖くなっちゃった」と言って今日来ていない先輩たちの気持ちが、わかった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます