03
正門の前でまきさんと別れ、歩いて家路についた。明日からの部活のことよりも、あさみさんの方が気になっていた。
こっくりさんと同じ方法であさみさんを呼び出せるなんて、相手がまきさんじゃなかったら笑い飛ばすか、「死んだ人をネタにするのはよくないよ」って怒るか、どっちかだったと思う。わたしが知る限り、まきさんはこんな冗談を言う人じゃない。まして、パートリーダーの引継ぎ中に。
冷たい風が吹いて、身震いが出た。「学校指定のコートは少し薄い」って文句を言う人も多い。わたしも、コートくらい自由にさせてほしいと思う。マフラーをあごの上まで引き上げ、口の中で「アメイジング・グレイス」を歌った。わたしは多少ピアノが弾けるから、伴奏を頼まれることもある。「アメイジング・グレイス」はアカペラだからピアノ伴奏はないけど――
「藤巻さん」
突然後ろから苗字を呼ばれて、ぎょっとした。声量のある、キンキンと響く声だ。振り返ると案の定、八城さんが立っていた。
彼女は同じソプラノパートで同級生、たぶん部で一番やる気があって、一番空回りしてる。この子、帰る方向こっちだっけ? わたしに合わせてこの寒い中こっちに来たのだろうか。
だとすると、けっこう怖い。
そもそも「藤巻さん」なんてかたくなに苗字で呼んでくるところもけっこう怖い。うちは先輩のことを、「苗字プラス先輩」じゃなくて、下の名前プラス「さん」で呼ぶことが多い。同級生や後輩になると本名でもあだ名でも問題ない、という感じなのだけど、八城さんだけは「なれ合いたくないんで」とか言いながら、かたくなに全員に対して「苗字プラスさん付け」を続けているのだ。
ともかく、無視するわけにはいかない。わたしは「何? 八城さん」と言いながら振り返った。わたしと同じようにマフラーに顎の先をうずめている。
「藤巻さん次のパーリーだから、練習内容相談しなきゃと思って」
そう言いながら、八城さんはわたしに追いつく。
「ああ、そう……」
「藤巻さんも、朝練復活させた方がいいと思わない?」
「はい? 朝練?」
「今全然練習量が足りてないと思うの。発声練習だけなら音楽室じゃなくてもどこでもできるし、絶対にやった方がいいと思う」
そう言う八城さんの目は
「いや、ピアノないとやりにくいかな……」
「会議室は? ピアノあるし朝は誰も使ってないでしょ。部活のためだったら借りられるんじゃない? あと……」
八城さんは早口でどんどん喋る。それをわたしは遮って、
「急に朝練とか言われても、みんな来られないんじゃないかなぁ」
と言った。でも八城さんはしつこい。
「パートリーダーなんだから、藤巻さんが来させるんだよ!」
「はぁ……」
隣を見ると、にこりともしない八城さんの顔がある。ここで「そうだね~」とか適当なことを言って流してしまうと、後が面倒だ。
「あのさ八城さん、いくらパーリーでも勝手に朝練復活なんてできないし、第一みんなそこまでやりたくないと思う。全国大会で優れた成績をナントカかんとかなんて言ってたのは、私たちよりもっと前の世代じゃん。顧問が変わって方針が変わって、それでいいって子たちが入ってきてるんだよ」
同じ話を、今年に入ってもう三回はやったような気がする。八城さんは露骨に険しい表情を作って、
「わたしたち高校最後の年なのに、そんないい加減な過ごし方でいいの?」
なんて、いっそ脅すような口調で言う。
「いいんだよ。今はコンクールより定期演奏会重視だし、朝練やっても家が遠い子は来られないよ。始発のバスでも間に合わない子だって」
「くだらない。そんなの仲良しごっこじゃない」
八城さんは吐き捨てるようにそう言った。
いや、だから仲良しごっこでもいいよねって部なんだよ……だいたい合唱でがんばりたいなら、それなりのがんばってる高校に入ればよかったのに、と思う。
結局わたしは八城さんに、「うちの部の方針にも合わないし、来られない子もいるし、わたしの一存で朝練復活なんて絶対絶対絶対無理」ということを、合間合間に「でもさ!?」と挟まれながら、それでもなるべく丁寧に説明した。八城さんは一応引き下がったけれど、それでも納得はいかないらしい。
「また相談するから」
勝手に「する」と決めて、ようやく踵を返した。
ほっとした一方で、がっくりも来た。あとおよそ一年間、こんなやりとりをしなきゃならないのか。そう考えてげんなりする一方、
(こんなとき、あさみさんならどうしてたかな)
そう思って、少しだけ「こっくりさん」が楽しみになっている自分にも気づいた。
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