05

「わっ」

 はーこが泣きそうな声で言ったけれど、指はまだ十円玉に乗っている。木田ちゃんも、わたしも同じだ。こっくりさんの途中で十円玉から指を離すのはよくないって、何度聞いたかわからない。

 十円玉はまだぐるぐると回っている。そこから一瞬だけ視線を外して、わたしははーこと木田ちゃんの顔を見た。十円玉から指が外れそうになって慌てて戻したけれど、その一瞬だけでも、二人の顔が引きつっていることがわかった。二人のうちどちらかがわざと十円玉を動かしているんじゃ――なんてことも考えたけれど、あの顔を見たら(違うな)と思った。演技であんな顔ができるなんて、とてもじゃないけど考えられない。

「あさみさんあさみさん、わかりました。ありがとう」

 まきさんがそう言うと、十円玉がぴたりと止まった。思わず大きなため息をついてしまう。心臓が痛いくらいドキドキしている。

 昼休みだ。部室の外から楽しそうな話し声がする。窓の外から「いくよーっ」という声が聞こえて、運動系の部活の子が練習でもしているのかな、と思う。なんだか遠い遠い別世界の出来事みたいだ。あの子たちがいる昼間の世界から、この部室だけがすっぱりと切り出されてしまったような気がした。

「びっくりした? でも、本当にあさみさんだから大丈夫だよ」

 まきさんが、笑いを含んだ声で言った。

「ほ……本当ですか?」

 誰かが震える声で言った。木田ちゃんだった。「本当にあさみさんですか? 名前呼びはしたけど、そんなのどうやったらわかるんですか?」

「木田ちゃん」

 とっさに止めようとして、でもためらった。確かにまきさんは先輩だ。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃなくて、先輩とか後輩とかナシで「止めよう」と言うべきなんじゃないか。まだ心臓がどきどきしている。

 まきさんが急に怒り始めたらどうしよう。ふと怖くなった。幽霊に取りつかれたみたいに暴れ出したら、どうしたらいい? でも、

「わかるよ、木田ちゃん。私だって疑ったもん」

 まきさんはそう言って、にっこりと笑った。失礼なことを言われたからといって、怒ったりはしていないらしい。

「だから、本当にあさみさんだって証拠を見せるね」

 まきさんは、穏やかに、でもはっきりとそう言い切った。

 わたしたちの指はまだ十円玉の上だ。降霊術はまだ続いている。

「あさみさんあさみさん、五分間ください」

 まきさんが唱えた。「あさみさんあさみさん、五分間ください」

 十円玉が動いた。もう一度「はい」の周りをぐるぐると回り始め、今度はすぐにぴたりと止まった。

 まきさんは何も言わない。にこにこしていた顔からさっと表情が消えた。

 はーこは目を見開いて、まきさんの顔をじっと見ている。木田ちゃんも同じだ。

「まきさん」

 声をかけても、まきさんは何も言わない。ぴたっと止まっていた顔の中で、ようやく瞼が動いて目を閉じる。その目がもう一度ぱっちりと開いたとき、わたしは思わず息を呑んだ。まきさんの顔がまきさんじゃないみたいな、全然別の人に変わったように見えたのだ。

「なつみちゃん」

 まきさんが、わたしの名前を呼んだ。まきさんはいつもわたしのことを「なっちゃん」って呼ぶのに、今は「なつみちゃん」って呼んでいる。声はまきさんのはずなのに、口調が違う。でもそれは、ちゃんと聞いたことのある口調だった。

「……あさみさん?」

 はーこが呟いた。わたしも同じことを考えていた。

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