あのころわたしたちは

01

 わたし、合唱部の部長にはならなかった。

 でも、ソプラノのパートリーダーになった。

 いや、正確にはまだなっていない。今はまだ十一月だ。一月に定期演奏会をして、それで三年生は引退、わたしたち二年生が来年度――つまり平成五年度の幹部になる。幹部になんかなりたくないけど、なる。だって三年生は卒業するから。いなくなってしまうから。

 高校生活はたったの三年間。この三年間がその後の人生にどういうふうに影響するかって、よくわからない。少なくともわたしの母を見たかぎり、すごく大きな影響がありそうな雰囲気ではない、と、思う。もっとも大学受験するならそんなこと言っていられないだろうけど、わたしは受験組じゃないし――ていうか、受験とか学歴とか、そういう重大なことを考えたいわけじゃない。そうじゃなくて「来年パートリーダーをやったら、その後の人生にどんないいことがありますか?」ってことを、わたしは誰かに問いたい。

 早い話が、パートリーダーなんかやりたくないってことだ。


「大丈夫だよ、なっちゃんなら」

 三年生、現ソプラノパートリーダーのまきさんはそう言う。引継ぎのために部室に残っていたときのことだった。

 まきさんの立場ならそう言うしかないよなぁと思いつつ、先輩には反論しにくい。でも全肯定もしたくない。だからすごく煮え切らない感じで、「そうですかねー」なんてこたえることになる。

「わたし、リーダーシップとかないし、歌うまいわけでもないし」

「上手いって! それになっちゃんは話しやすくて、みんなに好かれてるから」

「好かれてますかねー」

「好かれてるって! 大丈夫だよ」

 まきさんは笑う。ショートカットがよく似合っている。わたしにああいう活発な髪型は似合わない。ショートカットにしたことなんかないけど、おそらく。わたしは肩よりちょっと下まで伸ばした髪を、くるくると指でいじる。

「……八城さんが納得するかなぁ」

 わたしがそう言うと、まきさんは「ああ」とため息みたいな声をもらす。

 合唱部全体のミーティングで、来年の部長・副部長とパートリーダーが発表になったとき、八城さんはどんな顔をしていたのだろう? 怖くて見られなかった。

 どう考えたってめんどくさいだけの部活内の役職を、喜んでやる人がいるとすればそれは彼女だ。でも三年生はたぶんだれも、八城さんを部長やパートリーダーに推さなかった。お察しのとおり。

「たぶん、部長から何か言っとくと思う……ていうか、八城さんから話に行くよ」

「なんで私がパーリーじゃないんですか!? って?」

「ははは、なっちゃん、モノマネ上手いね」

「笑ってる場合じゃないですよ」

 八城さんのキンキン声でぎゃんぎゃん文句を言われると思っただけで、しんどい。一年間、本当にやっていけるんだろうか――。

「ほんとに大丈夫だよ」

 まきさんはわたしに顔を寄せると少し声を低くして、「なっちゃんには特別に奥の手教えてあげるから」と、わたしたち二人しかいない部室なのに、ひそひそと囁いた。

「みんなには内緒だよ。あのね、あさみさんに頼むの」

「あさみさん? って、あの?」

 あの、という言葉に、まきさんはうなずいた。いくらまきさんの言うことでも、信じられなかった。

 あさみさんなら知っている。でも、お願いごとなんかできる人じゃないはずだ。


 だって、あさみさんはもう死んじゃったのだから。

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