17

 鷹島美冬はこの大学の学生ではなかった。でも彼女らしき人物が出没していたという証言を得てしまった――

 探していたものを見つけたはずなのに、なぜかひどく厭な気分がした。土の中から腐ったゴミを掘り出して、わざわざ目の前に並べているみたいだ。

 どうしてこんなことをしているんだろう?

 ふとそんなことを考えた。一瞬後には「私自身のためにやっているんだ」ということを思い出して我に返ったけれど、どうして、という問いは後々まで頭の中に尾を引いた。

「ジャズ研の先輩って、今連絡とれるかな?」

 シロさんが女の子たちに尋ねる。「神谷さんが探してる人と、そのタカシマさんがほんとに同一人物か確認できたら助かるんだけど……神谷さん、どうしました?」

 シロさんが私に声をかけてきた。そのことさえひどく煩わしく思えた。

「……な、なんでもないです」

(やめてください。なんでそんなことしようとするんですか?)

 本当はそんな言葉が口をついて出そうになったのを、慌てて押し込めた。


 私はどうかしている。


「ちょっとごめんなさいね。そこのメニュー、もらっちゃっていいかな?」

 聞き覚えのない男性の声がした。ぎょっとして振り向くと、エプロンをつけた初老の男性が立っていた。いかにも人当たりのよさそうな丸顔で、エプロンの胸にはここの店名とロゴがあしらわれている。どうやらここの店主なのだろう――とすぐに見当がついた。

「うっかりモーニングメニューの回収を忘れてましてね、失礼しました。ついでに何かご用事があるかな?」

「あっ、大丈夫です。皆さんも大丈夫ですよね?」

 ボブカットの子が取りまとめて返事をしてくれた。店主はメニューを回収しながら、「話を小耳に挟んじゃったんだけど、タカシマさんの噂を調べてるのかな?」と尋ねてきた。きっと日頃からよくお客に話しかけてくるんだろうな――という感じの人だ。小耳に挟んだ内容に関しては、当たらずとも遠からずという感じだが。

「いえ、そうじゃなくて――」と言いかけた私よりも少し早く、

「タカシマさんじゃなかったけど、二十年くらい前もおんなじような話があったのよ。知ってた?」

 と、店主は続けた。

 至って無邪気そうな口ぶりだったけれど、私は驚いたし、女の子たちも「えっ!?」と言って顔を見合わせた。シロさんだけが普段通りで、

「そうなんですか? それすごい興味あるなぁ」

 とニコニコしながら店主に話しかけた。

「そうよ~。この店、もう三十年近くやってるからね。あそこの学生じゃない学生が入り込んで、色んな子に話しかけて仲良くなろうとしてたって話、二十年……もうちょっと前かな? そのくらいの時もあったのよ。タカシマさんのときみたいに大きな問題にはならなかったみたいだけど、気味が悪いよねぇ~ってお客さんとかと話してたの、覚えてるよ」

 女の子たちが「うわぁ」とか「似てる」とか言いながら顔をしかめる。

「何が気味が悪いって、別の学校の子からも同じ話を聞いたんだよねぇ。うちでアルバイトしてた学生さんで、それでよく覚えているっていうわけ。いや、時代って巡るんだねぇって」

 店主はそう言いながら、何か納得したかのようにうなずく。

「別の学校っていうのも、この辺ですか?」

 シロさんが尋ねると、店主は「そうなのよ」とまたうなずいた。

「そっちは高校だけどね。英星女子……ああ、もうないのか。生徒数が減っちゃって、もう何年も前に別の学校とくっついて共学になったの」

「へぇー」

 二人の会話を聞いているうちに、なんだか本格的に気分が悪くなってきた。

 どうしてシロさんはこんな話をしているのだろう? 悪趣味だ。気分が悪い。そんなことしなくたっていいのに――いや、駄目だ。しなくては駄目だし、シロさんがやっていることは私のためで、間違ってはいないはずだ。でも、異様な不快感を覚える。さっき鷹島さんの家を訪れたとき、弔問の席で嘘をつくことに抵抗を覚えた。あれをもっと増幅させたような、じっとしていられなくなるような感じがする。

(やっぱり私、どうかしてる)

 特に鷹島さんらしき人物の話を聞いたあたりから、明らかにおかしい。頭では「おかしい」と考えようとしている。

 でも、なぜか「そんな話はやめろ」と叫んで、この店を飛び出したい――そう思ってしまう。

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