15
たぶんそのときの私は、ゴミを見るような目をしていたんじゃないかと思う。下手したら人命がかかってるってときに、女子大生をナンパか? しかも相手はこの間まで高校生だったような女の子で、いくら成人とはいっても――
「あのぅ、神谷さん。勘ですけど今、すごい冷たい目をボクに向けてません?」
「……だって何やってんですかシロさん、こんな若い子たちを……」
「違いますって! あっちの通りのバス停にいたから話しかけただけ!」
「それをナンパって言うんじゃないんですか!?」
「違くて〜。何か話聞けないかと思って……」
「あのぅ、タカシマさんのこと、調べてるんですか?」
シロさんの後ろにいた、ボブカットの女の子が話しかけてきた。黒いハードケースを背負っていて、どうやら楽器が入っているらしい。もう一人のロングヘアの子は、肩にかけたトートバッグの口から、ドラムのスティックらしきものがいくつか頭をのぞかせている。彼女が動くとバッグが揺れて、カチャカチャと軽やかな音が鳴った。
「ボク大当たり引いたんですよ、神谷さん。むしろ褒めてほしいわ……」
シロさんがため息まじりに言うと、女の子たちがくすくす笑った。
「まーでも有名な話だから、うちらが特別大当たりってわけじゃないですよ」
ロングの子が言う。「タカシマさんって、なんかもうローカル都市伝説的な? そういう感じですもん」
「鷹島さんのこと、知ってるの?」
前のめりに尋ねると、女の子たちは私の勢いに驚いた様子ながら、ほとんど同時に「はい」と答えた。
女の子たちは「うちら別に急いでないから、全然今お話しできますよ」という。それじゃ立ち話も何だからということで、近くのカフェに入ることにした。
ランチタイムだが、客の数はさほど多くない。ロングの女の子が「今日は学内にパン屋が来る日だから、このお店空いてるんですよ。いつもはもっと混むからラッキーですね」と教えてくれた。
年季の入った建物で、コーヒーや紅茶、ケーキセットなどと一緒に「大盛りナポリタン」や「親子丼」がメニューに並ぶ。庶民的な価格だ。壁には学内の音楽系団体や劇団と思しき公演のポスターが何枚も貼られ、日頃から学生たちが出入りしていることが伺えた。たぶん、長いこと付近の学生たちに親しまれているのだろう。
「このお姉さんが奢ってくれるそうなので、好きなの頼んで」
シロさんが勝手に宣言する。何言ってくれるんですかとツッコミそうになったけれど、よく考えるまでもなく私の案件だから当然か、と気づいて黙った。
女の子たちは口々に「ありがとうございます!」と言って、キャッキャしながらケーキを選んでいる。ひさしぶりに心が和んだ。私とそう何歳も変わらないはずなのに、何だろう、この時期の子たちの眩しさは。
「最初は、部外者の入構が厳しくなってる件について、何か聞けないかなと思ったんですよ」
シロさんが言う。あくまでナンパではないという言い訳が半分くらい含まれているように聞こえたが、これは私の偏見かもしれない。
「ですです。前はユルかったみたいなんですけど、私たちが入学する前に厳しくなって」
ボブカットの子が言い、ロングの子が頷く。
「五年くらい前って言われたっけ……?」
「そのくらいだったと思う」
その頃なら、鷹島さんは二十歳前後のはずだ。そのあたりでマスターと思しき初老の男性が注文の品を運んできて、一旦会話が途切れた。
「だから私たち、この話は部活の先輩に聞いたので、見たわけじゃないんですけど……要はそのタカシマって人が、学生のふりして大学に入り込んでた時期があったらしいんです」
ボブカットの子が、ふたたび話し始めた。
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