11
シロさんは折りたたんでいた白杖を取り出し、どんどん歩いて鷹島家の敷地を出てしまう。後ろ髪をひかれる思いだけど、私もついていくしかない。私だけがもう一度戻ったからといって、事態が好転するとは思えないからだ。
(家内が神谷さんを怖がるものですから)
お父さんの言葉が頭の中で再生された。私に憑いているものが怖いのだ。いっそ笑い出したくなるような気分だった。すでに亡くなっているはずの鷹島さんのお母さん――つまり幽霊だろう――にまでそんなことを言われるだなんて、ホラーを通り越していっそコメディだ。お化けを怖がるお化け。ユーモラスじゃないか。
もっとも、笑ってなんかいられないということは、私だってちゃんとわかっているつもりなのだが。
「もうちょっと離れましょうか」
シロさんが、すたすたと歩きながらそう言った。
「目につくところにいると、鷹島さんのお父さんに見つからないとも限りませんからね。『出て行ってほしい』的な圧がすごかったけぇ、ほんまに怖いらしいなぁ」
「そうですか……」
お化けのことはわからないけれど、シロさんが言うならやっぱりそうなんだろう、と思うことにした。
「でも、あんまり話が聞けませんでしたね」
私ががっかりしていると、シロさんは朗らかな声で言った。
「まぁ、わかったこともありましたから」
「そうなんですか?」
やっぱり私には、よくわからない。シロさんはにこにこしながら続ける。
「あてもなく歩いててもしかたないなぁ。県立大学に行ってみますか。そこ、県内のひとがけっこう進学するんでしょ? 無駄足になるかどうかは、行ってみないとわからないですし」
「――ですよね。行ってみましょう」
地図アプリで道順を調べると、徒歩で向かうのが一番早いようだ。住宅街を歩きながら、私はシロさんに声をかけた。
「もしかしてシロさん、何かわかったことがあるんですか? 仏壇の前で巻物出してたじゃないですか。それに、コルセットとかピアノとか……」
「コルセットはまぁ、お父さんの後ろでぶつぶつ呟いてる人がいましたから」
いきなり怖いことを言う。あの家に何かがいたことを、シロさんは最初からわかっていたのか。
「いきなり奥さんだってわかったわけじゃないですけど、なんか女性がぶつぶつ言うのは聞こえたんですよね。お父さんも腰が痛そうな歩き方してたし、話のタネにしてみたらどうかなと思って」
「そんなことわかるんですか……じゃあ、ピアノは?」
「ああ、あれ当たってよかったですねぇ」
「当てずっぽうだったんですか!?」
「ああいや、半分くらい」なんて、シロさんはとんでもないことを言う。
「えーとねぇ、まずあの仏間、防音室だったじゃないですか」
わからない。だったじゃないですかと言われても。
「普通の部屋に見えましたけど」
「音の響き方が違うでしょ」
シロさんはそう言うと、カンカンとカスタネットみたいな音を鳴らした。さっき、鷹島家の仏間で聞こえたのと同じ音だ。
「舌打ちですよ。エコーロケーションに使うんです」
「そんなことできるんですか!? すごくないですか、それ……」
「あと床に窪んでるところが点々とあったんで、あの部屋、元はグランドピアノがあったんじゃないかな~と思って。でもピアノは処分しちゃってるみたいだし、仏間にしちゃってるし……そういえば神谷さん、前の職場って音楽関係でした?」
「ぜんっぜん関係ないと思います」
「やっぱり。家に防音室があって、グランドピアノ置いてたっぽい跡もあって、でも今はないし、そういう仕事をしてたっぽくもないし――で、じゃあ弾かなくなって処分しちゃったのかなと思って。そこまでちゃんと環境整えてるのに止めるなんて、ちょっと意味深じゃないですか?」
「はぁ……」
「あはは、結構いい加減でしょ。まぁ、ちょっとだけでもよめたから、それでわかったこともあったんです。ところで神谷さん、少し止まってもらってもいいですか?」
もう鷹島家からはとっくに見えないはずだ。人通りの少ない道の端っこに立つと、シロさんはスマホを取り出した。
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