12
「シロさん、グランドピアノとか触ったことあるんですか? ピアノ弾けます?」
なんだかすごく気になって、そんなこと聞いてる場合じゃないと思いつつ尋ねてしまう。シロさんは片耳にワイヤレスイヤホンをつけてスマホを操作しながら、至って平静な顔で答えてくれる。
「弾けはしないですけど、でも結構触る機会ある楽器じゃないですか? 小学校とかに置いてあるし。あとボクのお弟子さんがピアノが好きで、わりと最近グランドピアノがあるとこに行って……」
「シロさん、お弟子さんいるんですか!?」
「そんな驚きます? 一昨年できたんですよ……ああ、これこれ」
シロさんはスマホを操作し終えると、「神谷さん、これ見てもらえます?」と言って私の方に差し出した。
「ボクいつも画面の明るさ最低にしてるんで、見づらかったら教えてください」
「あっ、大丈夫です。えーと……何ですか? これ」
シロさんのスマホには、一枚の紙が映し出されている。どうやら便箋のようだ。周囲に花の絵柄が入った、好き嫌いのなさそうなデザインのものだ。そのかわいらしい枠の中に、ぱっと見何か模様のようなものが書かれている。
少し顔を寄せてみて、それが模様ではなく、文字だということに気づいた。小さく、活字みたいに整った文字が、おそらくあまり大きくはない便箋の上にみっしりと並んでいる。見ていると、なんだか背中がぞわぞわした。
「うわっ。シロさん何ですか? これ」
「お仏壇の引き出しに入ってました。さすがに現物持ってくるのはまずいと思って、写真撮ったんですけど」
「鷹島さんちのですか!? えっ、いつの間に? シャッター音しましたっけ?」
「したはずですけど。動画モードにしてカバンの中で撮影始めて、そのときピロンって……」
「えーっ、こわい」
「しょうがないじゃないですか。ボクその場で読めないですもん」
「ああ、そっか……でも、この写真すごく気持ち悪いですよ。これって便箋ですよね? びっちり文字が書いてあって、なんか怖いです」
「やっぱり手紙かぁ。神谷さん、それ読めます?」
「読めると思います。悪筆ってわけじゃないので……」
私は画像を拡大し、書き込まれた文字を追った。
「まきさんへ……こんにちは。スマホを解約してしまったので、手紙を書いています……? 結構長いですよ、これ」
私は目を凝らしながら、なんとか小さな文字を読んでいった。どうしてもっとスペースがとれるものに書かなかったのだろう? もっと大きな便箋を使うとか、便箋を二枚にするとか、いくらでも方法はあっただろうに。こんな狭いスペースに、どうしてすべての文言を入れたかったんだろう?
でも読み進めていくうちに、そんなことは途中でどうでもよくなってしまった。読み終えると、私は大きなため息をついた。落ち着け、と自分に言い聞かせる。
「神谷さん。封筒も撮ったんですけど、スワイプしてみてくれます?」
シロさんに言われたとおりにすると、確かに封筒だ。たぶん便箋とおそろいのものだろう。
宛名には「橘真希」という名前が書かれている。それに寄り添うようにして「あて所に尋ねあたりません」という赤いスタンプが押されていた。消印は古い。もう十年も前に出されて、戻ってきてしまったようだ。差出人は「鷹島奈津美」とあり、住所もさっきの鷹島家のようだった。
「十年前の消印ですよ。宛名は橘真希さん、差出人は鷹島奈津美さんです」
そう言いながら、一旦シロさんにスマホを渡した。シロさんは「一旦テキストにしないと不便なんですよねぇ。読み取れるかな……」なんて言いながら操作を始めた。
「ああ、できたできた。形見ってことでお仏壇に置いてたんですかねぇ」
そう言いながら首を傾けている。
「あのぅ、それよりこの手紙の内容、すごい気になるところがあるんですけど……」
私が言うと、シロさんもうなずいた。
「あさみさん、でしょ? 変なとこから球が飛んできたなぁ」
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