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 あまりのことに、私はたぶん何秒か固まってしまった。今一番避けなければいけないルートを、あらゆる選択肢をすっ飛ばしてまっすぐに提示されてしまっている。どうしたらいいんだろう?

 私がぐずぐずしていたせいで、まだほとんど話ができていないのに――慌てて何か言い返そうとした私に、畳みかけるようにお父さんが言った。

「せっかくいらしていただいたのに、申し訳ありません。家内が神谷さんを怖がるものですから」

「わ、私? えっ、何……なんでですか?」

「すみません」

 お父さんは表情のない顔で、目を大きく開いたまま私を見つめた。人間離れした雰囲気が怖ろしく、思わずあとずさりしてしまう。

「神谷さんにくっついてるものが怖いんですよねぇ、奥様は」

 突然、シロさんがそう言って立ち上がった。私が見ていない間に、今度は部屋の奥に移動している。あの人、実はすごく運動神経がいいんじゃないか――? と思っていると、突然カンッ、という音が何度か響いた。何の音かわからなかったが、シロさんの方から聞こえた。

「今のは何でしょうか」

 お父さんがシロさんに尋ねる。無表情は変わらないが、物腰は丁寧だ。シロさんは「おまじないみたいなものです」と言って、ニコニコ笑っている。

「奥さんが怖がってらっしゃるなら、残念じゃなぁ。もう少しお話しできたらよかったんですが」

「申し訳ないが、お帰りください」

「美冬さん、どうしてピアノ辞めてしまったんでしたっけ?」

 シロさんが言った。顔はあくまでにこにこしていて、世間話の延長をしているみたいに見える。見た目だけは。

 ピアノ? 鷹島さんがピアノを弾くなんて、聞いたこともない。さっき巻物を出してよんでいたけれど、そのときにわかった情報なのだろうか?

「私にもわかりません。どうせあれのせいでしょう」

 お父さんはそう答えた。はっきりと「あれ」と聞こえた。

「あれって何ですか?」

 思わず口を挟むと、お父さんが突然ギリッと音がしそうな勢いで私の方を向いた。もう無表情ではなかった。鬼みたいに顔を歪めて、

「あんたの!」

 と怒鳴った。「あんたにかぶさってるやつだよ! 奈津美も美冬もっ!」

 私はもう一度固まった。あまりの剣幕に驚いてしまって、黙ったままお父さんの顔をぽかんと見返してしまう。私にかぶさってるやつって、夢に出てくるあいつのことか? 「なつみ」って誰のことだろう? もしかして奥さん――鷹島さんのお母さんのことだろうか?

「そうでしょうねぇ」

 シロさんがのんびりした声で言って、ニ、三回咳払いをした。

「そういうことなら、無理して長居してもようないわ。神谷さん、一旦失礼しましょう」

「い、一旦?」

「あとでボクだけ来る分には問題ないでしょ」

「すみません。お帰りください」

 お父さんはついさっき鬼のような顔をしていたのが嘘のように、すっと無表情に戻っている。シロさんは部屋の出入り口まですたすたと歩き、私に「ほらほら、行きましょう」などと言って、仏間から外に出て行かせようとする。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。いいんですか?」

「まぁ、おうちの人がイヤがってるなら仕方ないですよ。警察呼ばれたら困るし」

 シロさんはそう言って、どんどん玄関の方に行ってしまう。

 ほとんどお父さんに追い出されるみたいに家を出た。玄関の前で振り向くと、たった今出てきたドアがばたんと閉まったところだった。

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