たぶん私だって
01
電車に乗っている。
馴染みのある色のシートだ。新幹線みたいに二列シートが並んでいるけど、普通の在来線だ。あまり本数がないから不便だけど、私はおそろしく運転のセンスがない。だから、日頃からよく利用している。
私、どうして電車に乗っているんだっけ。
やけに静かだ。気になってその場で立ち上がり、辺りを見回した。
他の乗客の姿はない。乗務員もいない。ただでさえ空いている路線で、おまけに通勤時間帯から外れた平日の午前中だ。とはいえ、一両まるまる無人になるのは珍しい。
窓の外は暗い。どうやらトンネルに入っているらしい。人の声も物音もしない車内に、走行音が一定のリズムで鳴り続けている。
(確か、無人駅で待ち合わせたんだ)
霧がかかったような頭の中が、だんだんはっきりとしてくる。
シロさんと電車に乗ったのだ。無人駅で待ち合わせて、そこで鷹島さんに電話をかけた。そしたら本人ではなくお父さんが出て、鷹島さんが亡くなったことを知らされた。それでおうちを訪ねるってことになったんだ。鷹島さんの家は、彼女自身への手がかりそのものだ。少なくともシロさんにとってはそういうことになるはずだし、有益な情報を得ることができるかもしれない。
駅からは最初、タクシーに乗った。でも車内で妙に眠たくなって、これなら電車の方がまだいいという結論に達した。最悪、ドライバーを巻き込むかもしれないという懸念もあった。その点電車なら、混んでいなければ人がいない車両に移ることができる。で、途中で電車に乗り換えたのだ。運よくちょうどいい時間に駅にたどり着き、目的地までは直通のはずだった。それで――
「シロさん?」
シロさんは私の隣の席に座っていたはずだ。「眠くならないようにしりとりでもしますか」とか言い始めたのも、「普通のだと面白くないから人名縛りにしましょう」なんて決めたのもシロさんだ。途中で詰まってしまった私に「まぁ検索したら『る』から始まる人名なんていくらでも出てくるでしょうし目の前でそれをやられても音がしなかったらボクにはわかんないですけどまさか神谷さんはそういうことされないでしょうねぇ~」とヘラヘラしながら釘を刺してきた(正直、やってもばれないのでは……と魔がさしかけたところだった)のも思い出した。
そのシロさんもいない。他の車両だろうか? それとも降りてしまった? でも、私に一声もかけずにいなくなってしまうなんで、そんなことするだろうか。
電車は三両編成、ここは真ん中の車両だ。少し迷った後で、私は先頭車両を目指して歩き始めた。
窓の外はずっと暗い。ずいぶん長いトンネルだ。歩きながらあちこち見回したけれど、やっぱり誰もいない。途中、網棚に置かれた赤いスポーツバッグが目に入った。昔持ってたやつに似ていたから。記憶に残っていたのだ。バッグの下には高校生くらいの男の子が座っていて、今日は学校じゃないのかな、と思ったことも覚えている。でも、今はいない。バッグがあるだけだ。
お年寄りがよく押しているようなカートがひとつ、通路にはみ出している。あれも覚えている。危ないな、座席の方に寄せればいいのに――と思った。シートに座っていた持ち主らしきおばあさんも、いなくなっている。
誰にも会わないまま、私は先頭車両との境目にあるドアの前に着いてしまった。その頃にはもう見当がついていた。
これは夢だ。いつの間にか眠ってしまっている。
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