11
まりあは二時間ほどしっかり眠って目を覚ました。さっぱりした顔で「お腹がすきました」と言ってにこにこしている彼女の切り替えの早さが、黒木にはまぶしい。
「幸二さん、思ってたより元気そうになっててよかったです」
「黒木さんに話聞いてもらったんで、スッキリしました」
「ははは……」
黒木は苦笑いした。色々話したらさっぱりしたのか、幸二はさっきよりもずっと表情が明るい。愚痴だから愉快な話ばかりではなかったが、とはいえ彼の立場なら愚痴のひとつやふたつはこぼしたくなるだろう……と黒木は同情する。継がなければならないものがあるというのは、大変なものだ。まして前任者が飛びぬけて有能な場合は。
「黒木さん、お師匠さんから連絡きました?」
まりあが自分のスマホを取り出しながら、黒木に尋ねる。黒木は自分のスマートフォン(さっき幸二と個人的に連絡先を交換した)を確認した。新しい通知は一件。ニュースアプリが、自分とはほぼ関係のない電車の遅延情報を知らせているだけだ。
「ないね、連絡」
「そうですか……幸二さんが持ってた御守り、どうしようかな」
黒髪のようなものを紙コップと養生テープの御札で固めた「御守り」は、まりあが相変わらず自分のバッグの中に入れている。なにやら禍々しいらしい神社の、見るからに禍々しそうな物体を持っていて、果たしてまりあは大丈夫なのだろうか――と黒木は若干気がかりである。まりあが使う巻物と一緒のスペースに入っているのも心配だ。変な影響があったりはしないものか……。
「ま、いっか。わたしがしばらく持ってますね!」
と、まりあがあまり気にしていない様子なので、とりあえずそれでいいということにしておく。ついでに「空腹がかなりまずい」とのことなので、黒木はリビングのキャビネットを開け、中にまとめてある店屋物のチラシを取り出してきた。
平和といえば聞こえがいいが、要するにやることがなかった。幸二が女の霊にコントロールを奪われることもなく、突然時間がのんびりと流れ始めたかのような初夏の午後を味わうことになる。
昼食をとってしまうといよいよやることがない。まりあは学校の宿題をすると言ってショルダーバッグの中からタブレットを取り出し、イヤホンで音声を聞きながら何やらやっている。黒木は幸二と世間話の続きを始めた。
「タブレットかぁ、最近の学生ってこういうの使うんですね。今どきだな〜」
「すごいですよね。盲学校だからかな」
「ああ、プリントとかより、こっちの方が便利ですよね」
「目が見えなくなる前に通ってた小学校でも、タブレットは一人一台でしたよ」
まりあが口を挟む。
「そうなの? デジタルネイティブ世代だなぁ……」
などと話していると、黒木のスマートフォンが震えた。全員がさっとそちらに注意を向ける。
黒木は画面を確認した。メッセージアプリの通知だ。見慣れない柴犬のアイコンが表示されている。
発信元は「神谷実咲」とある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます