02

 黒木は応接室の入口で固まった。たった今見たものは一体何だったのだろう?

 見えたのはほんの一瞬だけだが、首のない女だ、と思った。奇妙な感覚だった。なんとなく白っぽい印象だけはあるものの、どんな服装をしていたのかはほとんど記憶にない。もちろん顔や髪型がわかったわけでもない。それでもあのほんのわずかな瞬間に「首のない女だ」と、ほとんど直感で判断した。どうしてそう思ったのか、考えてみてもわからなかった。驚きと不思議さを追いかけるように、恐怖が足元から駆け上がってきた。

(厭だな)

 黒木は思った。あんなものを見た後で、この部屋に入りたくない。とはいえ幸二を放っておくわけにもいかない。黒木は仕方なく応接室に入ったが、廊下に続くドアは全開のままにしておいた。閉め切ってしまうよりはマシだ。

 幸二はソファの上で膝を抱え、まだしくしくと泣いている。その声がやはり女性のもののようで、気の毒というよりは気味が悪かった。着ているシャツが吐しゃ物で汚れているのが見える。そういえば自分の服にも相応にくっついているし――これをどうしたものか、黒木は再び困った。着替え自体は廊下でもできるとして、肝心の服がない。幸二のものなら志朗に借りることもできるが、大柄な黒木が着られるものはおそらくないだろう。服を取りにいくために幸二を一人置いて帰宅するのは防犯上よろしくないし――と考え込んでいると、スマートフォンが振動した。志朗からテキストメッセージが届いている。

『もしかして着替えひつようになった? 二階堂くんに聞いて見てくだ』

 とある。

「今日の志朗さん、誤字脱字多いな……」

 タイミングが良すぎるメッセージよりも、黒木にはむしろそちらの方が気になった。とにかく管理人室の二階堂に連絡をとってみると、

「今朝になって急に二人分頼まれたんすけど何すか!? 黒木さんの、その辺のよくわかんない店で買った一番でかいジャージしかないですけどいっすか!?」

 などと言いながら、紙袋を持って1004号室を訪ねてきてくれた。

「二階堂さん、ありがとうございます。お手数かけてすみません」

「いやいや、シロさんの無茶ぶりには慣れてるんで全然平気っすわ。それより黒木さんサイズの服、結構イカツいやつしかなくて……まぁゲロ臭いよりマシか。お疲れ様っす」

「どうも……あっ、二階堂さんちょっといいですか?」

 黒木は二階堂に頼んで、応接室を覗いてもらった。

「何か変なもの見えました?」

 二階堂もそこそこ霊感のある人間らしいと知っていて聞いたのだが、彼は首を横に振った。

「あのお兄さん以外にっすか? 見えないっすねぇ」

「じゃあ、見えないけど何かいる感じとかは……?」

「それはしますけど……やだな~黒木さん」

 二階堂は少し小声になって、「この部屋いつも何人かいる感じするじゃないすか。怖くなるからわざわざ確認しないでくださいよ」と続けた。

「えっ!?」

「あっスイマセン電話来ちゃった! じゃ失礼しゃす!」

 不安になる情報を残して、二階堂は大急ぎで去っていった。

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