03
「だって何人かいますもん、この部屋」
戻ってきたまりあは、あっさりとそう言った。黒木は、彼女に「この部屋って元から何かいる?」と尋ねたことを後悔した。
「お師匠さんが色々あずかって、そこのクローゼットに入れてるじゃないですかぁ。黒木さんも知ってるでしょ?」
まりあは「今更何を」という顔をしている。言われてみればその通りで、志朗が顧客から色々なものを預かっているのは事実だ。そのこと自体を知ってはいたのだが、しかし実際「何かがいるな」と感じたことはなかった。
「まぁ、黒木さんがこの部屋にいるときって、たいていお師匠さんといっしょですもんね」
まりあは首をかしげながらそう言った。「それで気づかずにすんでたのかも」
「気づいてしまった……」
「気にしなかったら大丈夫ですよ」
「難しいなー、気にしないの……」
「あと元からマンションにいる人もいるし、途中から入ってきた人もいるし――」
まりあは指を折って数えていく。「なんか女の人が多いんですよね。たまたまかなぁ……あっ、わたしの箱だけリビングですね。あれはわたしが触らなきゃならないから」
そういえばそうだった。すでに日常風景の一部になっていたので忘れていたが、まりあだって志朗に預けているものがあるのだ。
「それはともかく、幸二さんですよ」
まだ動揺している黒木を後目に、まりあはあっさりと本題に戻る。
「えーと、幸二さんの後ろに首のない女の人がいたのを、黒木さんが見ちゃったんですよね?」
「そ、そうです」
「黒木さん、敬語になってる……わたしはちょっと、その人がいるかいないかわからないんですけど、とにかくわからないことは一旦置いておくとして……実は幸二さんに伝言があります。幸二さんのお母さまから」
まりあはそう言いながら、二人がけのソファのすぐ横に立った。幸二はまだ膝を抱えたまま、しくしく陰気な泣き声をたてていたが、「お母さまから」とまりあが口にした途端に、ぱっと顔を上げた。
「母から?」
声が幸二のものに戻っている。そのことに、黒木はひとまずほっとした。
「そうです。間にお師匠さんを挟んでますけど」
まりあはそう答えた。「えーと、今日と明日は、神社の方はお休みしてもいいそうです。あとは――ちょっと待ってくださいね」
まりあはスマートフォンを手に持っている。音量を絞った合成音声が何かを読み上げていくが、ものすごい速さということもあって、黒木には内容がさっぱりわからない。しかし、まりあにはちゃんと聞き取れるようで、すぐに伝言の続きを話し始めた。
「……その代わり、明日の午後までうちに帰って来たらダメ、外で過ごすようにって。あと御守りも持ったらダメ、一日くらいがまんしなさい」
「……うわぁ」
幸二が悲しそうな声をあげた。まりあは「おつかれさまです」と簡単にねぎらい、伝言役を続ける。
「で、幸二さんが実家にもどって来られたら、そのときまとめてお祓いしてくれるそうです」
「そういうことかぁ……訓練しろってことですね……スパルタだなぁ……」
そうこぼした直後、幸二はまた女の声に戻って、しくしくと泣き始めた。
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