ずっと泣いてたって
01
幸二が持っていた「お守り」を封じてしばらく経つと、まりあは復調したらしい。
「わたし、ちょっと帰って着替えてきます」
そう言って立ち上がる。養生テープでぐるぐる巻いた紙コップは、肩から下げたバッグに仕舞った。
「それ、持ってて大丈夫?」
「まぁまぁ平気です。それより、黒木さんや幸二さんも着替えた方がいいかも……わたしが言うのもなんですけど、においます」
「だよね……」
とはいえ、幸二ひとり(ひとりではないかもしれない)をここに残して帰宅するわけにもいかない。とりあえず黒木は待機することにして、まりあを玄関先で見送った。
「まりちゃん、一人で帰れる?」
「近いし、いつも通る道だから大丈夫です」
まりあはそう言って笑った。ついこの間まで一人での外出はおろか、この事務所内での移動もままならなかったはずなのに――と思い出して、彼女と初めて会ってからもう二年近く経っているのだということを思い出した。感慨深いが、正直なところ少し寂しい。
「ちょっと前まで、絶対黒木さんに送ってってもらいましたよねー」
三和土で靴を履きながら、まりあはこちらの心を読んだようなことを言う。こういうところも志朗に似てきたような気がする。
「そうだね」
「職質されましたよね。もうお巡りさんと顔見知りになったからされないけど」
「されたね……」
二年経てば色々なことがあるものだなどと回想していると、
「そうだ、黒木さん。幸二さんにくっついてるやつとあんまり話さない方がいいですよ。お師匠さんも、幽霊みたいなものと話すなって言うし」
急にそんなことを言われて、黒木は思わずぎょっとする。まりあは笑顔を彼に向けると、「なるべく早く戻ってきます」と言って玄関から出ていった。
黒木は鍵を閉めて、大きめのため息をついた。
(幽霊と話すな)
いかにも志朗が言いそうだとは思う。と同時に、「そういうもの」と二人きりになったことへの実感が芽生えて、落ち着かない気持ちになった。ドアを開ける前に、志朗にテキストメッセージを送る。
『幸二さんと事務所にいます。まりあさんは一旦帰宅しました』
志朗にテキストメッセージを送る。すぐに既読になり、フキダシの中に「ナイスバルク!」と書かれた猫のスタンプが送られてきた。たぶん「了解」という意味だろうと解釈して、スマートフォンをしまう。
(幽霊が話しかけてきたら、どうする?)
無視すればいい。でも、もし無視できないようなことを言われたら? それでも無視するしかない。
ひとつ深呼吸をして、黒木は応接室のドアを開けた。
一瞬、呼吸が止まった。
幸二は二人がけのソファの上で、膝を抱えて座っている。そのソファの背もたれの後ろに何かが立っており、すぐに消えた。
黒木の目には、それは首のない女に見えた。
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