12

 半ばパニックになった私と比べて、シロさんはずいぶん冷静だった。剥がれた爪をぴたっと元の位置に戻すと、「神谷さん、バッグの前ポケット開けてもらえます?」と落ち着いた声で頼んだ。

「は?」

「たぶん滅菌ガーゼとサージカルテープがあるんですよね」

「へぇ?」

 間の抜けた声を出しながらも、私はとにかく指示されたとおりのものを取り出した。シロさんは私に手伝わせながら個包装のパッケージを切り、中から取り出した四角いガーゼを小指の先に巻くと、さらに上からサージカルテープをぐるぐる巻いて留めてしまった。応急処置に過ぎないだろうが、とりあえず血は止まった――思わずほっとして、かなり長いため息をついてしまった。感情のメーターみたいなものが振り切れて、手探りにしてはかなりきれいに巻いてるなぁ、そういえば私に指示出すのも妙に慣れてたな……などと「今それどころじゃない」みたいな感心をしながら、私はシロさんの様子を見守った。

「取り急ぎこれでええかなぁ」

「それでいいんですか?」

「まぁ、病院に行ってる暇はないですから」

 シロさんはケロッとした顔でそう言い、サージカルテープの残りを元通り、ボディバッグのポケットにしまった。

「そういうもの、持ち歩いてるんですか?」

「こういうとき役に立ちますけぇ。でもちょっとびっくりしたなぁ」

「痛くないんですか?」

「痛いですよ。でもまぁ、こういうときには『お前の攻撃なんかそんなに効いてないし?』みたいな顔をしとくのがいいんですよ」

「はぁ」

 色んなことが起こりすぎて、情報の整理が落ち着かない。

 まず、鷹島さんは亡くなっている。だけど私にくっついているのは鷹島さんじゃない。正体不明のそいつは、シロさんにとっては厄介な相手で、よむのも厭なくらい。で、そいつはよくわからない力を持っていて、突然人間の爪を剥ぐことくらいはできる――

「困ったなぁ……」

「困りましたねぇ。じゃ、動きましょうか」

「はっ?」

「鷹島美冬さんのご実家ですよ。今のところ、そこしか手がかりがなくないですか?」

「それはそうかもですけど……」

 あまりにもシロさんがあっさりしているので、私は逆に不安になった。本当に大丈夫なのだろうか? やっぱりちゃんと手当を受けたほうがいいんじゃないか――などと考えていたのを読み取ったかのように、

「これくらいの怪我なら、よみごあるあるですよ」

 とシロさんは言った。

「あるあるなんですか!?」

「まぁ、あるあるかな。あてずっぽうではダメ、ということがわかっただけでも良しとしましょう」

「あと十九枚しかないですもんね。多いようで少ない……」

「まさか全部剥ぐつもりじゃないでしょうね。神谷さん」


 鷹島さんの実家の住所は、もう一度彼女のスマホに電話をかけることで、彼女の父親からあっさりと聞きだすことができた。葬儀はまだだというが、それでもあわただしいであろう中、時間を割いてくれるという。

『美冬にそんな友達がいただなんて、思いもよりませんでした』

 そう言って声を詰まらせる相手に、私は申し訳ない気分になった。

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