09
とにかく私の身に何が起こったのか、思い出せる限り聞きたいとシロさんは言う。二年前、ろくに話も聞かずに「よみ」にかかり、さっさと見切りをつけてしまった彼とは正反対のやり方だ。とはいえイレギュラーなのは今回の方で、たぶん「依頼人の話をじっくり聞く」というのは、彼にとっては効率のよくない方法なのだろうと思う。
私は思い出せるかぎりのことを話した。シロさんに話すのならばあるいは――と少し期待したけれど、あの記憶がない時間帯のことは、やっぱり思い出すことができない。一通り話を聞き終えたシロさんは、
「どう考えてもその時間帯が怪しいですよねぇ」
と、私が思っているのと同じことを言う。
「そうなんですよね。何か思い出せたらとは思うんですけど、どうしてもダメなんです」
「ふーん……二日前の駅前ねぇ。ボクここ何日も駅前のほう行ってないんですよね……あっ、そういえばですけど」
シロさんはポンと手をうった。「神谷さん、お知り合いの方はどうなりました?」
「はい?」
「やだなぁ、そもそもボクのところにいらしたのって、お知り合いの方に頼まれたからでしょ? 代わりに相談してきてほしいって」
「あっ、はい。そうです」
「大丈夫でした? 怒られたりしてません?」
「はっ?」
意表を突かれて、思わずバカみたいに高い声が出てしまった。ああ、あれ? ――そういえば私、どうしたんだっけ?
「ボクねぇ、これでもちょっと気になってたんですよ。ほら、手がかりがなくてほとんどよめなかったでしょ? そのせいで神谷さん、お知り合いと気まずくなったりしとらんかなぁと思って」
「あっ……」
そこまで言われて初めて、私は「鷹島さんに何の連絡もしていない」ということに気づいた。とり憑かれて普段と違う精神状態になっていたせいだろうか、そのことをさっぱり忘れていたのだ。
「そうか、報告しなきゃだったのに。お金の話もまだしてないし、面倒でもやらなきゃ」
「ははは、多少眠気が覚めたようで何よりです」
「ていうか向こうから全っ然連絡来てないんですよ……他人に頼み事しといてどういう神経だろ。ちょっと電話してもいいですか?」
「どうぞどうぞ。どうせ今やることないですし」
そこまでスッパリ匙投げることないじゃないか……と内心で文句を言いながらスマホを取り出し、鷹島さんに電話をかけた。少し待つと応答があった。
『はい、鷹島美冬の携帯です』
年配の男性の声だ。明らかに鷹島さんの声ではない。とはいえ、間違えたわけではなさそうだ。
「あの、私鷹島さんの知り合いで、神谷と申します」
『カミヤさんですか。お世話になっております。私は美冬の父です』
男性の声はゆったりと落ち着いていて、鷹島さんの声とはまるで似ていない。口調そのものは穏やかと言っていいのに、どこか隙間風が吹くような寒々しさがあった。私は思わず、空いている右手で左腕をさすった。なぜかしら不安で仕方がなかった。
「お父様でしたか。すみません、美冬さんは――」
『美冬は亡くなりました』
鷹島美冬の父親だという男性は、低い声でそう告げた。
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