10
急に鷹島さんの死を告げられて、とっさに何も言えなかった。正直、鷹島さんのことはあまり好きじゃなかった。嫌いだったと言ってもいい。でも、娘を亡くしたと語る男性にはどう言葉をかけるべきなのか、すぐにはわからなかった。
ようやく口から出てきた「お悔やみ申し上げます」という言葉は、ひどく頼りないもののような気がして仕方がなかった。
『ありがとうございます』
鷹島さんのお父さんは、静かにそう応えた。本当にあの鷹島さんの親御さんなのか、と思ってしまうほど静かだった。
「あの、私、何も知らなくて申し訳ありません。その……いつ亡くなったんですか? 私、つい先日鷹島さ――美冬さんと連絡をとったばかりで、その」
言葉が上手く出てこない。もしも電話の相手が本当に鷹島さんのお父さんで、彼女が亡くなったことも本当だとしたら、娘を亡くしたばかりの人に、私はどう接したらいいのだろうか。
『一昨日亡くなりました。おそらく自殺です。そういったわけで、娘とは連絡がとれません。ご承知おき願います』
機械のように淡々と告げて、電話は切れた。通話終了時の画面を見つめながら「何それ」と呟いたところで、シロさんが「神谷さん」と話しかけてきた。
「神谷さんに頼み事をした方、同年代の女性の方でしたっけ?」
シロさんはいつの間にかスマホを取り出し、何やら指を動かしている。目が見えないシロさんのスマホの画面は真っ暗で、私には聞き取れないけど合成音声が小声でぶつぶつ、すごい速さで喋っているのが聞こえた。
「一昨日、地下鉄境町駅付近で女性が亡くなってるニュース、関係ないですかね?」
「……ちょっ、ちょっと待ってください」
シロさんは最大限に暗くしているスマホの画面の明るさを調整してから、私にそのニュースを見せてくれた。地下鉄境町付近、ビルの外階段から落下した二十代女性が死亡。警察は事故と自殺の両面で――
「名前出てないからはっきりしてないですけど、すいません、ボクはこれじゃないかと思います」
シロさんが、不思議と確信に満ちた声でそう言った。はっきりしてないと言いつつ、予言者みたいに確信に満ちていた。
(一昨日亡くなりました。おそらく自殺です)
さっきの電話の声が、再生ボタンを押したみたいに頭の中に蘇った。
まさか、と思った。だって、つい最近連絡をとったばかりだったのに。もうこれ以上私にかまってくれるなとは思ったけれど、死ねばいいと思ったわけじゃない。
「大丈夫ですか、神谷さん」
シロさんが声をかけてきた。私は「だい――じょうぶです」と半端な返事を返した。
数日前にコンタクトをとったばかりの相手が亡くなった。そのことに対するショックももちろんあったけれど、それ以上に奇妙な手応えを感じて、戸惑っていた。自分の記憶の空白部分にアクセスするための鍵を突然手に入れたような、確信に近い気持ちがあった。
鷹島さんのことを思い出そうとすると、ぼさぼさの髪によれよれのスウェットを着た彼女の姿が最初に浮かんでくる。やっぱり変だ。私はこんな姿の鷹島さんに会ったことがない。オフィスでの彼女は、いつもきちんとした格好をしていたのだ。なのに、どうしてヨレヨレの彼女を思い浮かべてしまうのだろう? ごく最近、そういう姿をした鷹島さんと、実際に会ったからじゃないのか?
「会ってるとしたらあの、記憶がない時間帯に……いや、でも変。変ですよ」
あの日、私が駅に着いたときには、もうサイレンの音が鳴っていた。もしもあのサイレンや混雑が鷹島さんの自殺のせいだとしたら、時系列がおかしい。私は鷹島さんが飛び降り自殺をした後に、あの駅を訪れたはずなのだ。
「どうかしました?」
「変なんですよ。私、鷹島さんとはあの日会えてないはずなのに」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
そう言ってシロさんは私をなだめた。「ちょっと前進したのと違いますか、これ」
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