06

『敷地出ました?』

 えりかの家の門を出ると、途端にシロさんの声がクリアになったような気がした。

「出ました」

 そう答えた自分の声がガサガサになっている。喉がカラカラだ。一気に生ぬるい夜気が全身を包んで、そういえば今は五月の、それも比較的暖かい日だったのだとようやく思い出した。今思えば、えりかの家は――特にあさみさんがいた部屋は異様に寒かった。

 一体何だったのだろう? 私は振り返って、えりかの家を眺めようとした。そのとき、

『振り返らないでください』

 電話の向こうのシロさんに、きっぱりとそう言われてドキッとした。シロさんはさらに

『神谷さん、ボクの言ったこと無視してすぐに駅に行かれたでしょ』

 と、一昨日のことまで突いてきた。

「すみません……」

 素直に謝るほかない。犬が待ってたから、なんて言い訳しても仕方がない。

 シロさんは『まぁボクももうちょっと強く言うべきでした』などと言ってくれたけれど、声の調子がなんだかぼんやりしているのが気がかりだった。シロさんはもっと、くっきりした喋り方をする人のはずだ。

「シロさん? 大丈夫ですか?」

『大丈夫です……そのまま歩いて家まで帰ってください。眠いんですよ。あとは明日やりましょう。予定空けておきます』

 意外だな、と思った。私から何も言わないうちに、シロさんの方から「予定空けておきます」なんて申し出てもらえると思っていなかったのだ。なかなか忙しい人のはずなのに。

「わざわざ空けてくれるんですか?」

『神谷さんのためならそのくらいしますよ、と言いたいところですが、残念ながらボク自身の保身のためです。神谷さん、加賀美さんにも連絡とろうとしたでしょ? 加賀美さんからボクに回ってきたんです。あの人、なんていうか業界の重鎮みたいな人じゃけぇ……』

 受話器の向こうから、ふぁ、という欠伸らしき音が聞こえてきた。

『とにかくボクはもう寝ます。こういうことするとめちゃくちゃ眠いんですよ……明日用事早めに裁かなきゃですし……ああ』

 急に思い出したみたいに『開けたら駄目ですよ』と言い残して、電話は切れた。通話終了を示すスマホの画面を見つめながら、お礼を言い忘れたということにようやく気づいた。

 開けたら駄目。

 シロさんはそう言った。それが何のことなのか、わざわざ説明されなくてもわかった。きっと、夢に出てくるもののことだ。それについて、あさみさんは正反対のことを言っていた。

(それはね、開けてしまえばいいんですよ。今度夢に出てきたときに、ドアを開けてしまえばいいの)

 どちらを信じるかと聞かれれば、もちろんシロさんの方だ。あんなに電話をかけるのを億劫がっていたくせに、本人の声を聞いたからだろうか、少しもためらわずそう思った。

 私は小走りになって、家を目指した。

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