幕間
01
黒木たちが部屋を出ていった直後、志朗は方々に電話をかけ、予定の調整をしてなんとか二日間の猶予を得た。リスケジュールを済ませると必要最低限の荷物だけ持ち、十八分後にサンパルト境町1004号室を出た。
一階の管理人室に立ち寄り、二階堂に外出の旨を伝えると、何かしら苦情を言われる前にさっさと自動ドアを潜った。このマンション全体の霊的なメンテナンスも志朗の仕事だから、外泊の可能性があるときは、管理人の二階堂にその旨を伝えていく必要がある。最近マンションの中が少々騒がしいから、二日のうちにはちゃんと帰還しなければならない。
あらかじめ呼んでおいたタクシーに乗り込んだ志朗は、適当な目的地を告げて仮眠することにした。すぐ寝入るのは、実は特技である。
で、夢を見た。1004号室の応接間のソファに座っている夢だった。テーブルを挟んだ向かいのソファにも誰かが座っていることを、志朗は気配で察した。
「どうも、シロさん。こんにちは」
加賀美春英の声がした。レースカーテンを三枚ほど隔てた向こうから聞こえるような声だった。
「幸二、シロさんとこにちゃんと行きました?」
「いらっしゃいました」
志朗は顔を伏せたまま答えた。
「ありがとう。こう言ったら何だけど、あたし、あの子の育て方を間違えたと思うのね。今から軌道修正して、お守りなんか持たなくても、自分で対処できるようにしなきゃ」
「ちょっとスパルタ過ぎませんか?」
「だとしても、それくらい出来なきゃ、ここの神主は務まらないんです。シロさんだって、昔同じような状況でがんばったでしょうに」
「それはそうですが」
確かに、今の幸二と似た状況だったかもしれない、と志朗は考える。普通の人間の手に負えないよくないものは、それを認識できる人間のところに集まるものだ。だから、認識できるだけで対処ができない時期は辛い。それでもなんとか慣れたし、慣れてしまえば格段に楽だ。だから幸二にもそうなってほしいというのは、わかる。わかるのだが、
「加賀美さん、自分とこでやればいいじゃないですか。こういうことは……」
文句は言いたい。おかげで予定外のことに巻き込まれてしまったような気がする。
加賀美の方は悠々と、「だめですよ、うちじゃ。ちょっとご祈祷すれば解決しちゃうんだから」と答えて、いつの間にかテーブルの上に出現した冷茶を一口飲んだ。
「それに、神谷さんのことをお願いしたかったのは本当よ」
「神谷さんかぁ。あの人にしたってねぇ……」
「でも現に危険な状況にある。いいじゃないの、シロさん。神谷さんがあのとき手伝ってくれなかったら、あなた危なかったんじゃないの?」
二言三言交わして、そこで志朗は眠りから醒めた。ほんの十分ほど寝たばかりだ。
(やっぱりまた夢に出たか。確かにトリッキーなやり方じゃなぁ)
二日酔いの朝みたいに頭がぐらぐらした。これだから「トリッキーなやり方」は苦手だ。
現在地を確認すると、志朗は運転手に断わって電話をかけ始めた。
「もしもし? ――ああ、出られてよかった。ボクの言ったとおりにされてます? あのね、ちょっと考えたんですけどね、■■■駅まで来られます? 無人駅の。あんまり他人に会わないほうがいいかと思って。念のためね。ははは、いや、ボクもまだわかんないです。そいつをどうしたらいいのか……とにかく気をつけてお越しください、神谷さん。くれぐれも開けないように」
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