あさみさん
01
「ほらほらほら、早く行こ」
えりかは急かすように私の手をとり、ぐいぐい玄関へと引っ張っていく。
「いや、私部屋着なんだけど……」
「大丈夫。あさみさんはそういうこと気にしないから」
そう言って振り返ったえりかの目は、やっぱり異様にきらきら光っているように見えた。まるで私をその「あさみさん」に合わせることが楽しみで仕方ないという感じで、なんだか気味が悪い。背筋が寒くなる。
(どうしよう)
ものすごく不安だ。でも、反面期待もしてしまう。もしもその「あさみさん」が本当にこの状況を何とかしてくれるのだとしたら、それは私にとって幸運なことではないか? えりかとは長い付き合いだし、彼女のことを信じてみてもいいのではないだろうか? ――と自分に前向きに言い聞かせようとしたものの、やっぱり不信感はぬぐいきれなかった。どう見てもえりかの様子は変だ。普通じゃない。
私はとっさにダイニングテーブルの上に置いていたスマートフォンを取り上げ、ズボンのポケットに滑り込ませた。
「あのさ、私マジで高いお金とか払えないんだけど」
「大丈夫だって! あさみさんは本物だけど、お金とかとらないから」
逆にあやしい……と思ってしまうのは、きっちりお金を請求してくるシロさんの影響だろうか。
「あとさぁ、深夜だけど歩いていくの? 私、車の運転できないんだけど」
「それも大丈夫! あさみさん、今はうちにいるから。全然歩いていける距離でしょ」
「えりかの? ちょ、ちょっと待ってよ。うちの鍵閉めなきゃ」
私たちは夜の住宅街に出た。静かだ。街中だったらもっと人通りがあったりするのだろうけど、今、この場には私とえりかしかいない。
「まぁ、あさみさんっていうか、あさみさんだけど元のあさみさんとは違うっていうか、でもとにかく、あさみさんはそういうことはわかってくれるはずだから。ほんとにすごいんだから」
えりかの言っている意味がわからない。でも、「やっぱり帰る」なんて言えそうになかった。私の手を握る彼女の手の力は強く、うっかり握りつぶされてしまうかもしれないと思うほどだった。
「あのさ、手土産とか持って」
「いらないいらない。そういうの大丈夫だから」
そう言いながら、えりかはぐいぐい先に進んだ。
えりかの家は、うちから徒歩十五分もないところにある、こじんまりした二階建ての一軒家だ。庭にはプランターと、ホームセンターで売られているような天使の像がいくつか飾られている。門柱には「USAMI」とローマ字が彫られた表札がかかっており、間違いなくここは彼女の実家だ。えりかは私を引っ張ったまま玄関の鍵を開け、
「ただいまぁ」
とほがらかな声で帰宅を告げる。
「ほら、入って入って」
そう促されて中に入ると、ぎょっとした。玄関横にあるすりガラスの窓に、内側から段ボールが貼り付けられている。
「なにこれ」
「ああ、気にしないで。暗い方がいいんだ」
えりかはそう言ってにっこりと笑い、なおも私を急かした。
「ほらほら、早く行こって!」
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