10

「ちょっとすみません」

 黒木はふたりに断ってスマートフォンを取り出し、画面を見た。案の定志朗からのテキストメッセージだ。電話をかけてこないということは、こっそり伝えたいことがあるのだろう。

『駅前になんかいた?』

 なぜ霊能者でもなんでもない自分に聞くのか……そう思いながらも、黒木は「いるらしいです」と返した。とりあえずいかにもな事件現場があるし、まりあや幸二も「いる」と判断しているらしい。

 まもなく返事があった。

『まりちゃん怒ってる?』

「はーっ……」

 思わずため息をついた黒木に、まりあが「黒木さん、どうしました?」と声をかけた。

「ああ、いや別に」

 黒木はとっさにそう答え、志朗へのメッセージに『若干怒っていそうです』と返した。だからなぜ自分に聞くのか……とふたたび考える。まぁ、まりあ本人に直接「怒ってる?」なんて尋ねたら、唇を尖らせながら「別に怒ってません」としか答えないような気がする。

「シロさん、今電話とかかけても大丈夫ですかね? 来客中かな?」

 幸二が言った。「やっぱ、僕らをどうして駅前にやったのか、聞いといたほうがいいと思うんですよね。あんまり危険なものではなさそう、とはいっても……」

 幸二を信用するか否かは一旦置いておくとして、今の意見はもっともだ、と黒木は思った。志朗が何を考えているのかわからない。一体自分たちに何を期待しているのだろう? 情報が少なすぎる。

「まりあさん、あれについて何かわかりました?」

 幸二はまりあに話をふった。まりあは首を傾げながら「えーと、すみません。よくわからないんです」と答える。

「……そんなに危険な感じじゃないですけど、ここからだとやっぱりちょっと離れすぎてて……すみません、せっかくテーブルがあるところ探してもらったのに」

「ああ、いやいや全然! 僕こそアテにならなくて申し訳ない」

 などという二人のやりとりを眺めていた黒木は、まりあがイヤホンを片方、耳に入れっぱなしにしていることに気づいた。彼女にしては珍しいことだ。

「えーと、やっぱりもうちょっと、あの辺に近づいてみてもいいですか?」

「あの辺って、事件現場? 大丈夫かな……」

「うーん、危険ではないと思うんでぇ……」

 などと二人の会話は続いているが、黒木はまりあのしゃべり方が気になった。どうも、いつもよりもたついている感じがする。

(もしかしてまりちゃん、今まさに志朗さんから何か指示を受けてないか?)

 それで彼女は、イヤホンをつけたままなのかもしれない。志朗もそうだが、まりあはスマートフォンをポケットやバッグに入れたまま操作することができる。画面を見る必要がないからだ。

 今、まりあの手はテーブルの下に隠れており、黒木の位置からは確認することができない。一体何を言われているのだろうと気にしているうちに、幸二とまりあの間では話がまとまって、

「黒木さん、やっぱりお店を出ましょう」

 まりあがそう言った。


 注文した飲み物を急いで飲み干し、会計を済ませて外に出ると、初夏にしては暑い風が頬をなでた。

「あっちですよね」

 まりあは黒木の手首を引っ張って、ブルーシートの方に行こうとする。相変わらずイヤホンは片耳に入れっぱなしだった。

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