09
以前志朗が、かなり面倒な案件を引き受ける羽目になったことがある。その時彼は、なかなか相手をよもうとしなかった。「すでに一度よんでいるから、二度目は相手に気づかれる」というのがその理由で、準備が整わない限りは決してよまなかった。
今回のまりあはどうだろう? 黒木は不安と共に考える。確かに、幸二をよむのは初めてのことだっただろう。でも志朗と比べれば、彼女の技術はまだ未熟なはずだ。たとえ初回であっても、相手は「よまれた」ことに気づいたのではないか? だからこそまりあは鼻血を出したし、よむことを急いで終わらせなければならなかったのではないか? 心配なことというのは、それだった。
店に戻る直前にまりあから聞いた話によれば、よんだことで具体的になにかがわかった、ということではないらしい。ただまりあが直感的に幸二を「禍々しい」と感じた、その感覚が正解だったと裏付けることはできたようだ。それだけでも重要な情報ではあったと思う。その情報をこちらが握っていると、加賀美幸二は気づいているのか?
などと考え事をしているうちに、いつの間にか険しい顔つきになっていたらしい。「あのぉ」と呼びかけられてはっと気づくと、向かいに座っている幸二が、ひきつった顔でこちらを見ていた。
「黒木さん、どうかされました……? なんかさっきから黙ってらっしゃるし、顔が恐、いや、なんか深刻そうな顔されてますけど」
「えっ、ああ、いえ、すみません。なんでもないんです」
黒木は慌ててそう答えた。「あのー、神谷さんから連絡来ないのが気になってるだけでして」
「ああ、黒木さんもお知り合いなんでしたっけ。心配ですよねぇ。なんともないといいんですけど」
幸二は相変わらず人のよさそうな顔で、そんなことを言いながらうなずいている。黒木にはそれが嘘か本当かわからない。ひとをずっと疑っていることはしんどい――などと考える。
「心配といえばまりあさん、鼻血大丈夫? 止まった?」
と気遣いまで発揮しているのが、今は疑わしく思えてしまう。まりあはなかなかのしたたかさを発揮して、
「止まったみたいです。ありがとうございます」
などと言ってにこにこ笑っている。役者だ……黒木は彼女の将来が少し心配になってきた。
「短時間に二回もよんだから、体がちょっとびっくりしちゃったみたいですね。あるあるなんで心配ないです」
「そういうこともあるんだね~」幸二は腕を組んでうなずいた。「でも本当に大丈夫? ていうか、黒木さんはどうだったの?」
「へっ」
思わず変な声を発してしまったが、問われてみればもっともだ。幸二からしてみれば「黒木に何かが憑いているのではないか?」と心配になるのは自然なことだろう。黒木が何かごまかそうとするよりも先に、まりあが
「あ、お師匠さんとこからついてきたやつでした」
とシレッと答えた。
「あのー、なんか変な感じするなぁと思ってたんですけど、神谷さんって方とは全然関係ない感じでした。ほら、黒木さんって仕事中はお師匠さんとずっと一緒にいて、よくない場所に行ったりしてるから。外で追い払ってきたのでもう大丈夫です。ね、黒木さん」
そう言って、まりあはふわふわと笑った。口から出まかせだろうが、とっさにこういうことが言えるようになったこと自体、黒木にはそら恐ろしかった。そうだね、などと言いながら笑っていると、ふたたびスマートフォンが振動した。
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