02
「やっぱり幸二さんだ。お聞きでしょうが、志朗貞明と申します。わざわざ遠いところを……」
「あっ、いや、こっちの用事ですしホント、すいません」
なんだかわからないが、志朗の方は委細承知らしい。
とりあえず今すぐ危険なことはなさそうだと判断して、黒木は一旦応接室を出、リビングダイニングにお茶を取りに向かった。すでに用意しておいたグラスに水出しの冷茶を注いで応接室に戻ると、
「うちの母がご迷惑をおかけしました」
「いや、幸二さんが悪いわけではないので……」
などと、話は進んでいないがとにかく剣呑な雰囲気ではなかった。
テーブルにお茶を置くと、幸二は「あっ、スミマセンありがとうございます」と頭を下げ、至って腰が低い様子に見える。人がよさそうなところは、確かに加賀美春英に似ている――などと黒木は考える。
「すいません、お茶いただきます。外が暑くて……はーっ。事前に電話もできずに失礼しました。母が場所と時刻しか教えてくれなかったもので」
幸二はチノパンのポケットからハンカチを取りだし、額を拭いた。
「お母様、今お忙しいんでしたっけ?」
志朗が尋ねると、幸二はうなずく。
「そうです、今年は大祭がありまして。あれでも母は神主ですから、色々やることがあるんです。四月の頭ごろから本殿の奥にとじこもりっきりで、ろくに声も聴いてません」
まぁちゃんとやらないと大変なんで――と続けて、幸二はまたグラスに口をつけた。
「……そういうわけで、仕方ないといえばそうなんですけどね」
「はー、こもりっきりですか」
「こもりっきりです。電話もスマホも持っていかないもんで、何かあったらあの……ああいう感じで来るわけです。トリッキーな感じで」
「トリッキーな」
「はい」
黒木には全然わからない。わからないが、基本的に口は挟まないようにしている。志朗には何のことかちゃんとわかるらしく、「確かにね~」などと言いながらうなずいている。
「あれねぇ、正直ボクはびっくりしました」
「ですよね!? ほんと申し訳ない……アレ、びっくりしますよね。僕はそこそこ慣れてるんでいいですけど、志朗さんにはご迷惑おかけしました」
「いやまぁ、ちょっとの間でしたし……で、ご用件は何ですか? ボクは細かいことをお聞きできていなくって」
「ああー、そうだそうだ」幸二はようやく謝るのを止め、本題に移ろうとした。「あの~、実は以前母が志朗さんに紹介した、神谷実咲という女性についてなんですが」
「あ」
「えっ」
「志朗さん、顔に出てます」
幸二がたじろいだので、黒木は急いで指摘した。
「ああ、失礼しました。神谷さんかぁ……」
あの後かなぁ、と志朗が呟くのを聞いて、黒木もつい先日のことを思い出す。事務所を訪れた神谷実咲に、志朗は「すぐに駅に行くな」と助言した。これも何のことか、黒木にはわからない。ただ、志朗のこういう一言はよく当たるということだけ、経験から知っている。
「神谷さんなんですが、何かお困りのことがあったみたいで、昨日の午後にうちの神社に電話をくださったんです。まぁ母は申し上げたとおりの状況なんで、僕が代わりに電話を受けまして、母は大祭の準備があるからお力添えはできない――という感じで、詳細は聞かずにお断りしたんですね。この時期は一律そうやってて、いちいち報告とかもしてないんですが、それでも母には結構わかるみたいで。神谷さんの件はよみごのシロさんに相談しなさいと言われて、それでお邪魔させていただきました」
「ということは、幸二さんも細かい事情は知らない……」
「心苦しいんですが、そうなんです」
どうやら、なかなか無茶ぶりをされているらしい。黒木は幸二に同情しつつあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます