初めて会う男

01

 珍しいタイプの客が来た。

 というのが、黒木省吾の彼に対する第一印象だった。


 黒木が志朗の事務所に、助手兼ボディガードのような役割で雇われてから、およそ三年が経つ。その彼が知る限り、「よみご」の志朗の事務所を訪れるもっとも多いタイプの人物は「常連客」である。

 彼らはその体質のためか、あるいはいわくつきの場所によく出入りするためか――とにかく何らかの事情によって、「よくないもの」をくっつけやすく、定期的にそれらを取り除く必要がある。いわくつきの物件や骨董品などを案件として持ち込む常連もいるが、その場合はこちらから先方に出向くことが多い。

 いずれにせよ彼らの多くは金銭的に余裕があり、また志朗や黒木よりも年配の人物であることがほとんどだ。頻度は人によるが、「常連」というほどしょっちゅう通うには少々高い。

 一方で単発の客はあまり多くない。志朗は看板を出さないし、広告も打たない。必要がないからだ。新規の客は常連や同業者の紹介を経てくることが多い。

 今日の客はそれよりもまだ珍しい。黒木にとってはほぼ初めて見るケースですらある。

 彼は常連でもなければ、黒木が知る限り事前の予約もなしにやってきている。かつてこのような訪れ方をした客を、黒木は一人しか知らない。


 なぜ志朗がインターホンに応えたのか、黒木にはそれもわからない。元々その日は初めからイレギュラーだった。珍しく早朝に電話をかけてきて『悪いけど、いつもより早めに来てもらえないかな? 八時くらい』などという。急いで身支度を済ませ、本来まだ誰も来ないはずの始業時間前に志朗の事務所に向かうと、志朗は「早くから悪いね」と言いながら出迎えた。声に眠気が残っていた。

 来客があったのはその直後だ。まだ誰も来ないはずだった始業前の時間に、突然「ほんとに来るんじゃなぁ」と疲れた様子で呟いた志朗は、その直後にオートロックのインターホンが鳴るや否や応対、解錠した。

 そうやって招き入れたにしては、物凄くイヤそうな顔をして、珍しく言葉少なである。

 厭だな、と黒木は思う。根が臆病なのだ。イレギュラーな事態は好きではない。


 来客は今、玄関の三和土に立っている。

 どこといって目立ったところのない男だ。見た感じは二十代半ば、五月にしてはやや暑い気候だが、襟のあるシャツを着て、きちんとした印象を受けた。黒髪を短く切りそろえ、黒縁眼鏡をかけている。眉と目の間が離れた人の好さそうな顔つきで、真面目な青年のように感じられた。

 やっぱり珍しいタイプだ、と黒木は思う。

 およそ三年、志朗の事務所に通って、彼の後ろで来客の様子を見てきた。よくないものをくっつけて来る客は、やっぱりどことなく厭な気配を発しているものだ。霊感などないと自負していた黒木も、ここに通うにつれそういうものがわかるようになってきた。

 今、来客にその気配はない。しかし彼は、悪いところがなくても定期点検のために訪れる常連でもなければ、極々稀にやってくる冷やかしのようでもない。

 何をしに来たのか、よくわからない。

 つらつらと考え事をしながら、黒木は言われたとおり「こちらへどうぞ」と中へ促す。来客は「失礼します」とお辞儀をして、それに従う。

 志朗は応接室のソファに座って待っていたが、ドアが開くとすぐに反応して立ち上がった。来客は戸口でまたぺこっと頭を下げる。

「急にお邪魔してすみません。加賀美幸二こうじと申します」

 そこでようやく、黒木は彼が何者か知ることになる。来客は立ったまま続ける。

「加賀美春英の息子です。母がお世話になっております」

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