16

 変な夢を見た、と打ち明けると、えりかは眉をひそめた。

「夢?」

「うん、昨日から」

「うーん……? そうなんだ……」

 そう言いながら首を傾げる。今一つ腑に落ちていないようだけど、それはそうだろう。私だってそんな話を聞かされたら、同じ表情で首を傾げるかもしれない。

「何でそんな夢見るんだろうね?」

「わかんない。何か原因があったような気はするんだけど、思い出せなくて」

「思い出せないくらい昔のこと?」

「ううん。最近なんだけど、スポッと記憶が抜けてるところがあって、なんとなくそこが怪しいんじゃないかと思ってる」

「んんん? まぁ夢のことだからなぁ……とりあえずカウンセリングとか、受けた方がいいんじゃない?」

 えりかは首をかしげながらそう言った。

「うん……」

「ああー、記憶がないっていうのも気になるよね? やっぱ大きい病院で検査すべきかな。脳のCTスキャンとか、ちゃんととってもらって……」

「うーんんん」

 えりかの言うことは真っ当だ、と思う。「変な夢を見る」という悩みに対し「心になにか問題を抱えているのでは?」と判断することをおかしいとは思わないし、「だったらカウンセリングを受けてみたら?」となるのもうなずける。記憶が不自然に欠けていると聞けば、「脳の検査を受けた方がいいんじゃない?」という話になる。これもわかる。えりかがおかしなことを言っているわけじゃない。ないのだが――

「やっぱりこれ、シロさん案件だよなぁ……」

 私は独り言をつぶやく。えりかは心配そうなしかめっ面のまま、私がスマートフォンを取り出すところを眺めている。

「どこかに電話? 夜中だけど……」

「もしかしたらつながるかもしれないから」

 と一縷の望みをかけてシロさんに電話をしてみたのだが、残念ながら出てはもらえなかった。たぶん寝てるな……。

 念のため留守電を残して電話を切ると、ため息が出た。朝までどうしよう。もう一度眠ったら、また同じ夢を見るんじゃないだろうか――そう考えると怖い。夢の中で感じた恐怖がもう一度蘇って、汗が手のひらにじわりと滲む。

「うーっ、どうしよう……」

 カーペットの上で膝を抱えていると、えりかが私のそばに座った。

「実咲さぁ。悪いけど、あんまり大丈夫に見えないよ?」

「だよね……」

 ため息をつきながらも、今は友人の存在が有り難い。私の様子がよっぽど酷かったのだろう。えりかは少し口ごもりながら、

「あのさ、非科学的だと思われるかもなんだけど……お祓いとか、行ったほうがよくない?」

 と続けた。こんなこと言ったらおかしいと思われるかな、という表情だけど、私はまったくそうは思わない。というか、たった今それをしてもらおうとしたところだ。

「実はそう思って、今さっき心当たりの人に電話したんだけど、出てもらえなかったんだよね……朝まで待ったら繋がるとは思うんだけど」

 もっとも、シロさん以外の霊能者に心当たりがないわけではない。私の頭に優しそうなおばさんの顔が頭に浮かんだ。

 加賀美春英さん。シロさんよりもずっと強い拝み屋さんらしく、実際お世話になったこともある。が、実はすでに昼頃、連絡をとろうとして失敗している。シロさんに相談するよりはマシかなと思って電話してみたのだが、

『今年は当神社の大祭がございまして、加賀美春英はそちらで手一杯でございます』

 電話に出た加賀美さんのお弟子さんを名乗る男性はその一点張りで、諦めざるを得なかったのだ。

 まぁ、加賀美さんだって夜中に電話されたら困るだろう。とにかく朝まで待つしかない。でもシロさんとこ遠いんだよな、いっそ今から現地に押しかけて――そう考え始めたとき、えりかが言った。

「……よかったら、紹介しよっか? 夜中に押しかけても大丈夫そうなとこ」

「ほぁ?」

 完全に予想していなかったところから球が飛んできた。ぽかんとしている私に向かって、えりかは喋りだす。

「いや実はね、母の調子がよくなってきたのって、その先生にちゃんと相談したらいい感じになったのね。ほんと全然あやしい人じゃないし、高いお布施とかもないし、カルトとかそういうのじゃなくて全然、とにかくインチキとかじゃないんだほんと。本当に本物の霊能者ですごくいい人だし」

 急にものすごく饒舌になる。大きく見開いた目が急にきらきら輝きだして、私は思わず半歩後ずさった。これはこれで怖い。

「えりか……あの、どうしたの?」

「とにかく行けばわかるから! 絶対! すぐ行けるし!」

 えりかは私の手をとって立ち上がろうとする。すごい力だ。

「ちょっ、ちょっと待ってよえりか! どこに行くの!?」

 慌てて尋ねると、えりかはこちらを振り向き、満面の笑みで答えた。


「どこって、あさみさんのところ」

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