15

 ノックの音は急かすように続いている。うっすらと見える人影を見ないように顔を伏せ、自分のつま先を見つめた。

(どうしよう)

 いつあの扉が開くかわからない。

 でも、収納庫の中に入ってしまっていいものか。迷っていた。この中に入ったら、これ以上逃げ場がない。もしもこの扉を開けられたら――

(そうだ、外)

 どうしてとっさに思いつかなかったのだろう。ここは一階で、リビングには大きな

掃きだし窓がある。そこから外に出られるじゃないか。

 私は思い切って走った。またノックされ続けているドアのすりガラスの前を、相手に見えませんようにと祈りながら通りすぎ、カーテンを開けた。

 暗い。たぶんまだ真夜中だ。時刻なんか見ている場合じゃないから、急いで鍵を開け、思い切ってサッシを開けた。カラカラ、というサッシのたてる音が、やけにやかましく聞こえた。

 靴はないけれど、そんなこと気にしている場合じゃない。走って、一刻も早くここから遠ざからなければならない。私は縁側から外へと足を踏み出す。

 そのとき、左肩をポンと叩かれた。かと思うと次の瞬間、強い力で後ろに引っ張られた。


 ドスン、と音がした。

 目を開けてみる。見慣れた実家のリビングだ。照明も点いている。

 私は床の上に座り込んでいた。何が起こっているのかよくわからない。辺りをきょろきょろ見まわしていると、突然目の前に女の顔が現れた。

「おーい、実咲さぁん」

 こっちに向かって手を振っているのは、えりかだ。

「うそ、やっぱ寝てたの?」

「……寝てた? 私?」

 私はリビングの掃きだし窓の手前で尻もちをついている。時計を見ると、午後一時ちょうど。まだまだ真夜中だ。リビングと廊下の境にあるドアには誰も映っておらず、当然ノックの音もしない。

 そのとき、フゥン、という声が聞こえた。リビングのソファの後ろから、コウメがのっそりと出てきた――と思ったら、眠そうな足取りのまま、元いた場所にすぐ戻っていく。

「――ねぇえりか。私、何やってた?」

「やだー、ほんとに寝ぼけてたの? こんなはっきり寝ぼけるひとなんているんだねぇ」

 なんて言いながらも、えりかは話をしてくれた。

 彼女が言うには、おしゃべりをしながらビールを傾けていたら、急に私がテーブルの上に顔をふせて、眠り始めてしまったらしい。

 まぁ色々あって疲れてるだろうからと放っておくと、そのうちふらりと立ち上がり、キッチンの方に向かって歩き出した。顔を伏せた状態でしばらく立ち尽くし、一体どうするんだろうと思っていたら、突然走り出したのですごく驚いたらしい。勢いよくカーテンと掃きだし窓を開け、そのまま外に――で、この辺りでようやく、えりかが私を捕まえてくれたのだそうだ。

「いやほんとびっくりしたよ! 実咲、前から寝ぼける癖とかあったっけ? ま、起きたからいいか。はー、何かと思った」

 えりかはほっとしたような声でそう言い、ころころと笑った。私は床にぺたりと座り込んだまま、自分の手を見た。またびっしょりと汗をかいていた。

 よっぽど深刻らしい顔をしていたのだろう。えりかは笑うのをやめ、私のそばにしゃがみ込んだ。

「ねぇ、ほんとに大丈夫?」

 大丈夫かどうか、私にもわからない。

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