14

「ねぇ先輩、みんなに見えないものが見えることってないですかぁ」

 鷹島さんがそう言っていたのを、なぜか昨日のことのように思い出した。わたし結構あるんですよねぇ、と付け加えてにやっと笑ったことも、その笑顔が普段とは違うもののように見えて気味が悪かったことも、芋づる式に頭の中によみがえった。

 鷹島さんは幽霊が見える。らしい。それも彼女自身の話によれば、結構見えてしまうらしかった。

 たぶん昔の私だったら、心の中で一笑に付して終わりだ。かまってちゃんの霊感ごっこだと思って呆れただろう。だって鷹島さんは、そういうことをやってもおかしくない子だと思っていたから。

 でも二年前、姉と甥が亡くなってシロさんと出会った辺りから、私の考えは変わった。「みんなに見えないもの」はどうやら本当にいて、時には人の生き死ににすら手を伸ばしてくることもあるらしい。そういうふうに考えるようになった。

 だから鷹島さんのことを嘘くさいなぁと思いながら、でも万が一という気持ちを消しきれなかった。彼女の「そういう話」を否定せずに聞いてしまったのは、そういう下地があったからだ。

 鷹島さんには妙に勘が鋭いところもあって、「こういうことあんま言わないんですけど、実は色々教えてくれる幽霊もいてぇ」なんて話してもいた。神谷先輩だから教えるんですよぉなんて、嬉しくもない特別扱いを受けたっけ。

 あれらの話が本当だったかどうかなんてもう知りようもないし、知りたくもない。今後鷹島さんに会うつもりは、もう一切ない。そのつもりなのに、何だろう。何か忘れているような気がする――


「まぁ、私が啖呵切った後も態度が変わんなかったとこだけは褒めてやっていいな……」

「実咲、よくそのへんでフラれるもんね。思ってたのと違った〜って。ねぇ。おーい。ちゃんとお布団で寝なよ〜」


 目が覚めた。

 右頬の下が硬い。ダイニングテーブルの上に突っ伏して眠っていたらしい。

 テーブルの上は片付けられ、私が寝ていたところを除いて水拭きまでされている。

 どういう状況だったか、思い出すのに時間がかかった。

「……えりか?」

 立ち上がって辺りを見回してみる。見慣れた実家のリビングだ。照明の光量は落とされ、うすぼんやりとした暖色の灯りが、部屋の中をほんのりと照らしている。

 えりかの姿はない。コウメもいない。

(昨日の夢に似てる)

 ふとそう思った。そのとき、


 みしっ


 廊下から音がした。なにか重いもので床板が軋む音だ。全身に怖気が走った。

 みしっ

 ふたたび足音がした。

 握りしめた掌が汗で湿っている。呼吸が苦しくなってきた。怖い。根拠のない恐怖が湧き上がってくる。

 怖い。

 みしっ。

 キッチンと廊下の境目にあるドアには、縦長の磨りガラスがはまっている。その向こうに、ゆらりと何かが立ったのが見えた。

 私はそこから急いで目をそらした。見ては駄目だ。ちゃんと見てしまったら、きっと恐怖で動けなくなる。そう直感した。

 こん、こん

 ゆっくりとしたテンポのノックが聞こえた。リビングのドアが叩かれたのだ。

 私はドアを見ないようにしながら、部屋の中を見渡した。どこかに隠れなければ。でもどこに? 日用品のストックや食材を入れておく小さな収納の扉に気づいた。あそこなら隠れられる。そちらに向かおうとして、でも足が止まった。

 あそこに隠れて、そして見つかってしまったら、もう逃げられる場所がない。

 こん

 もう一度ノックが聞こえた。一瞬静寂が訪れた後、

 こん、こん、こん、こんこんこんこん――

 急かすような音が続いた。

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