12
えりかは宣言どおり近くのスーパーに向かい、コロッケだのメンチカツだのを十個も買ってきた。
「多くない? 今日うち親いないんだけど」
「あれっ、そうだったっけ? まぁいいじゃん、食べちゃえば!」
そう言って、お惣菜の入った袋をテーブルの上にどさっと置いた。
「えーと、お仏壇どこ? お線香あげさせてよ」
と言ってくれたので、私は彼女を仏間に通した。えりかは線香に火を点け、姉と甥の写真に向かって手をあわせた。
コウメはお客さんが来たので嬉しそうだ。えりかの足元につきまとい、なでてもらって喜んでいる。常日頃から思っているけど、この子、番犬にはならなさそうだ。
インスタントの味噌汁にお湯をそそぎ、パックの白ご飯をレンジで温めて、あとはコロッケをひたすら食べるだけという、若干なげやりな食卓が出来上がった。時計を見ると夜七時少し前、我が家にしては少し早いが、とはいえ夕食時だ。
「コロッケは買うに限るね。楽だし、おいしいし」
などと言いながら、えりかはきつね色の揚げ物をひとつ取ってソースをかける。
「えりか、いつから帰ってたの?」
「一昨日から。でも家にばっかいると疲れるからさ、実咲に会えてよかった」
そうか。私と違ってお母さんのお世話をしているのだから、疲れるのも理解できる――と小さくうなずいていると、えりかは私の心を読んだみたいに「ああ、母は結構元気なの」と付け加えた。
「元々気の持ちようみたいなとこがあるんだよね。諸々あって最近は安定しててさ、家の中でふつうに生活する分には母一人でも大丈夫だし、手伝わなきゃならないこともずいぶん減ったんだよね」
「そうなんだ。よかったじゃない」
相槌を打ちながらコロッケを箸で割って口に入れる。おいしい。私が自分で作っても、こうはいかない。
「いいんだけど、何だろねぇ」
えりかは口をもぐもぐさせながら、聞き取りにくい声で、けんかしたんだよね、と言った。
「あたしが元気なうちに結婚しなさいって、ママンったらあんまりうるさいもんで。いやー、なんか恥ずかしいね。いい年して親とけんかなんて」
「恥ずかしくはないよ。私も時々やってる」
私がそう言うと、えりかは「実咲っぽいなぁ」と言ってまた笑った。
「ま、結婚しろと言われてすぐにできたら苦労しないよね。まず出会いがないし、出会えたところで人間そう簡単じゃないし」
「そうだねぇ……」
確かに人間って面倒なものだ。特に私が会社を辞めた理由なんか、モロに「めんどくさい人間」が引き金になっている。
私は会社を辞めた原因、つまり鷹島美冬のことを思い出す。連絡はまだとれていない。彼女。青白い顔、ぼさぼさの髪。よれよれのスウェットを着て――
「あれ?」
思ったことがうっかり声に出てしまった。鷹島さんはもっとおしゃれで、いつもきちんとした格好をしていたはずだ。なのに今頭の中に浮かんだ彼女は、病み上がりの人が寝ていたときのまま外に出てきたみたいな恰好をしていた。そんな鷹島さん、一度も見たことがないはずなのに。
「実咲、どしたの?」
えりかが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「――ああ、ごめんごめん。いや、人間ほんと簡単じゃないよねぇと思って」
そう言ってごまかしながら、ついさっき頭の中に浮かんだよれよれの鷹島さんの姿を、もう一度思い出そうとしてみた。でも少し間を置いただけで、その姿はもう霧の向こうに行ってしまったみたいに、おぼろげになってしまった。
(なんだろ、何か別のもののイメージと混ざったかな)
首をひねりつつ、そうやって納得しようとした。
「まぁ、実咲は昔から変なやつホイホイみたいなとこあるから」
えりかは不吉なことを言いながら、新しいコロッケに箸を伸ばす。
「そうかなぁ。やなこと言わないでよ」
「ごめんて。でも実際そうじゃない? 実咲って、外見と内面のギャップが大きいんだよね。見た目はかわいくて大人しそうに見えるんだけど、性格はなんていうか……激しいじゃん?」
「言い方ぁ」
不満を訴えてはみたけれど、内心(そうかも)と思いもした。変なやつホイホイか。けっこう当たってしまっているかもしれない。
私はまた鷹島さんの顔を思い出してみた。改めてイメージした彼女はちゃんと髪を巻き、シワのないブラウスとロングスカートを身につけていた。
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