08

 その足音は、私の部屋がある二階の、廊下を踏みしめているようだった。聞きなれた、でも家族のだれとも違う音が、ゆっくりともう一度耳に届く。

 みしっ

 私はベッドの上で体を起こした。閉じている寝室のドアの向こうに何があるのか、今は見ることができない。

(どうしよう)

 少し迷ったが、ベッドを下りることにした。裸足にラグの肌触りが伝わってくる。

 ドアまではほんの数歩だ。少しだけ開けて様子を見よう。父か母が、なにか事情があって帰ってきたのかもしれない。いや、そもそも足音なんかじゃなく、全然違う物音かもしれない。最悪泥棒という線もなきにしもあらず――とにかく確かめなければ話が進まない。

 みしっ、みしっという音は、階段がある方向からゆっくりと近づき、やがてぴたりと止まった。遠くはない。おそらく隣の部屋――今はだれも使っていない、姉の部屋の前にいる。

 私はまだ部屋のドアノブを握ったまま、その場に立って様子をうかがっていた。こんこん、と音が聞こえた。ノックの音だ。無人に決まっている姉の部屋の前でノックをするなんて、父や母なら絶対にやらないはずだ。

(やっぱり泥棒……? でも、泥棒だったらやっぱりノックなんかしないよね)

 考えていたって仕方がない。

 私は静かに深呼吸をし、ドアノブを掴んだ手を回そうとした。そのときふと、あることに気づいた。

(私、このドアを開けっぱなしにしてなかった?)

 コウメが寂しがって入ってくるかもしれないから、開けておいたんじゃなかっただろうか。

 ふと気になって部屋の中を振り返る。寝る直前にはベッドの下にいたはずのコウメの姿がなかった。コウメ? と小さな声でささやいたとき、壁一枚へだてた隣の部屋から、

 みしっ

 足音がした。

 そのとき、理由もなく恐怖を覚えた。

 隣になにかとてつもなく怖いものがいる、という直感があった。

 私はあわててドアから手を離した。ドアノブなんか掴んでいたら、うっかり開けてしまうかもしれない。そしたら隣の部屋にいるやつが、この部屋に入ってきてしまうかもしれない。

(そしたらどうしよう)

 手が震えた。根拠はなにもない。なのに、とてつもなく怖ろしかった。背中に汗が滲む。

 足音は少しの間、隣の部屋をぐるぐる歩き回った。それに満足したかと思うと、部屋を出て廊下に戻る。

 背中に氷を押しつけられたような寒気を覚えた。

 やっぱり来る。こっちの部屋に。

 私は急いで後ずさり、クローゼットを開けた。中には洋服や、あまり使わない鞄などがしまわれている。その中にひっそりと腰をおろした。

 コンコンと音がした。私の部屋のドアがノックされた音だ。答えず、クローゼットの扉を内側から閉めた。少しして、キィ、とわずかな音を立てながら部屋のドアが開いた。

(来た)

 クローゼットの中で腰を下ろし、声を殺して待った。とにかく待って、待って、静かに潜んでやり過ごすしかない。それしかないと思った。

 みし、と音がした。部屋に何かが入ってくる。足音は部屋の中をぐるっと回った。まるで部屋の中に何があるか、確かめているみたいだ――

 みしっ、みしっ、みしっ……

 ぴたりと足音が止まった。

 こめかみから一筋、厭な汗が流れた。

 クローゼットのすぐ外、合板一枚を隔てた向こうに、何かが立っている。

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