06
「は? お願い? また?」
「先輩に、どう~しても頼みたいことがあってぇ」
鷹島さんはそう言いながら、わざとらしい上目遣いで私を見る。私の方が身長が低いから上半身を屈めることになり、従ってかなり無理のある上目遣いだ。
そういえばものを頼むとき、こういう角度で他人を見る人だったな……あまり愉快ではないことを思い出してしまう。というか、これは駄目なやつだ。こんな風にされる「お願い」なんて、絶対に引き受けたら駄目なパターンのやつ。間違いない。
「ごめん、無理。急に頼み事とか言われても無理むり」
「えーっ、何でですかぁ。ほんのちょっと時間とってくれたらいいだけなんですけどぉ」
間延びした声で頼まれて、だんだんイライラしてきた。さっさと依頼内容を言え。せめて「お時間とってくださったら」とかちゃんと敬語使え――と、それは置いておいても非常によくない。
まずい。何がまずいって、自分がかなりイラついていることがまずい。
誰でもそうかもしれないけれど、冷静さを失うとろくなことがない。他人には「猪突猛進」と言われることが多い私だが、つまり後先考えずに突っ走ってしまうということだ。最悪いらないケンカを売ったり買ったり、警察を呼ばれるようなことをしでかしてしまう可能性がそこそこある。ここはなるべく穏便に、しかし相手の要求はあくまで突っぱねなければならない。
「無理むりむりむり! 大体鷹島さん、私にこれ以上頼み事とかできる筋合い?」
ああ、自分で言ってて腹たってきた。やっぱりよくない。よくないのだが、
「私、鷹島さんのせいで会社辞めることになったんだけど? わかってる? 鷹島さんが仕事中も休み時間もベタベタくっついてきて仕事は進まないし自分でも仕事しないし、総務で勝手に私の住所見て休日に訪ねて来るし、ノイローゼになりかけたんだけど? そういうの全部やめろって課長挟んで話し合いまでしたのに、鷹島さん全っ然話通じなくって私ほんっとうに困ったんだけど?」
どんどん言葉が出てきてしまう。声が大きくなりすぎないよう懸命にこらえたけれど、近くの席に座っていた男性二人組がこちらをちらりと見て、あからさまに顔をしかめた。まずい。周囲にこれ以上の迷惑をかけないうちに、私がまず落ち着かなければ。
鷹島さんは下を向いている。でも目だけは日本画の幽霊みたいに、黒髪の間から私を睨みつけている。
「とにかく無理なものは無理! 失礼します!」
そう宣言すると、私はコーヒーを一気にあおり、何か言われる前に伝票を持って立ち上がった。カッカしているついでに鷹島さんのぶんも会計を済ませてしまい、勢いのまま外に出た。
幸い、鷹島さんがついてくる気配はない。
よかった。まだくっついてきたらどうしようかと思った。彼女のことだ、平気な顔をしつつ最悪家にまで来かねない。「頼み事」が結局何だったのか少し気になるが、わざわざ尋ねに戻るほどでもない。鷹島さんのことはこれでおしまいにして――
「先輩、見ててぇ」
突然、声が聞こえた。
店内に置き去りにしてきたはずの鷹島さんの声が、なぜか頭の上の方から降ってきた。その直後、足元が震えた。
重みと湿り気のある厭な音がした。私は思わず目を閉じ、すぐに開けた。そして、見てしまったことを後悔した。
目の前の道路に、鷹島さんが倒れている。
明らかにまずい方向に首がねじ曲がり、虚ろな瞳をこちらに向けている。
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