05

 鷹島さんのことは、正直あんまり思い出したくない。

 前の会社で営業事務として働いていたとき、私よりも半年遅れで入ってきたのが彼女だった。正直、なんで? と思った。年度途中の半端な時期だったし、何より人手が足りている。社内での噂によれば、なんでもえらい人の親戚だとかで、つまりはコネ入社なのだった。

 とはいえ第一印象は「おとなしくて真面目そう」という感じで、決して悪いものではなかった。その時点で入社一年ちょっとしか経っていなかった私が教育係みたいになったことについては(解せぬ)と思ったけれど、それはそれ、ベテラン社員がつくよりも、同じくらいの年頃の同性が色々サポートした方がいいのかもしれない――そういうふうに考えることにした。要は、私と鷹島さんの関係はわりと好意的に、和やかな感じで始まったのだ。

 まさかこの大人しそうな女の子が、辞職の原因になるなんて、この時点では思いもよらなかった。


「せっかく会えたんですから、ちょっとお話しましょうよぉ。ちょっとだけでいいんで」

 と鷹島さんがうるさいので、駅の近くの雑居ビルの一階にあった喫茶店に入ることにした。コウメのために早く帰りたいのはやまやまだったけど、放っておいて帰ったりしたら、家までついてきそうな気がして怖かった。

 たまたま目の前にあって空いていたから、というだけの理由で入った店だったけれど、店内の雰囲気はいいし、出てきたアイスコーヒーも美味しい。こんな素敵なお店を、こんな楽しくない機会に使うんじゃなかったと後悔しながら、改めてテーブルの向こうにいる鷹島さんを見た。

 ずいぶん変わったなと思ったけれど、こうやってよく見ると、幸薄そうな顔立ちは以前のままだ。なんとなく守ってあげたくなるような雰囲気があって、実際男の人には結構モテていた気がする。まぁ、本人にとってはそんなこと、どうでもよかったのかもしれないが……。

「こんなとこで会えるなんてぇ、ほんとびっくりしちゃいました」

 そう言いながら、鷹島さんは自分の紅茶に砂糖をばさばさ入れた。

「この辺りって、先輩のふだんの行動圏から全然遠いじゃないですかぁ。そんなとこでたまたま出会うなんてぇ」

 背筋がぞわりとした。なんでこの子、私のふだんの行動圏内を把握してるんだろう。

「鷹島さんこそ、何か用事があったんじゃないの?」

 彼女だって、用事もないのに県境をふたつも超えてくるはずがない。だったらそっちの用事に早急に向かってくれ――と思ったのだが、鷹島さんは「いいんですぅ」と返事をして、にんまりと笑った。

「今日は先輩に会えたのでぇ、もういいんです」

 なんでそうなるかな……私はもう一口コーヒーを飲んだ。なんだかだんだん味がしなくなってきた気がする。

「私ぃ、さびしかったんですよ。先輩が辞めたあと、あんまり仲良くしてくれる人っていなくってぇ。みんな、私の話バカにして聞いてくれないしぃ。それに先輩にはまだまだ教えてほしいこととか色々あったのにぃ」

(うー、もう帰りたい!!)

 私は心の中で叫んだ。

 それにしても、今日の鷹島さんはおかしい。どうしてこんな家から離れた場所を、よれよれの恰好で歩いていたんだろう? なんだかいやな予感がしてきた。

 ひとりでぶつぶつ話を続ける鷹島さんを遮るように、「他の人たちはどうしてる? 課長とか……」などと話を変えてみた。その人たちには在職中は一応お世話になったわけで、どうしているか気になってもいた。すると、

「いいじゃないですか、あんなの」

 吐き捨てるように言って、また話を戻してしまう。怖かった気持ちがだんだん消えて、ただただ面倒な気分になってきた。

 もう強引に話を切り上げて帰ろうか……そう考え始めたそのとき、まるでその気持ちを読んだかのように、鷹島さんが「神谷せんぱぁい」と間延びした甘い声で私を呼んだ。


「わたし、先輩にお願いしたいことがあるんですけどぉ」

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